その日。 珍しくオレは車を走らせていた。 免許を取ってから数年。初心者マークは当の昔に卒業したけれど、日々の生活の中ではあまり自分の運転で出かける事はないから。はっきり言えばペーパードライバーに近い。 って言うか。正直に言えばオレは運転が余り好きではないって言うのが、普段自分で運転しない理由。珍しいって皆には言われるけど、苦手なものは苦手なので、仕方が無い。 そんなこんなで一応持っている車を実際動かすのは、年に数度という有様。滝だとか来生だとか、昔からの友人達には事あるごとに『勿体無い事してるんじゃない!』と言われるんだけど、そうそう生活形態を変えれるハズもなし。結局オレの車は普段殆どシートをかけられたまま駐車場で眠ってる。 そんなオレが珍しく自分で車を走らせていたのは、ただ一人の時間が欲しかったから。 一人になろうと思えば、勿論他にも色々な方法があるんだろうけど。今欲しいのは一人の時間と言うよりも……他に何も考えずに集中出来る事、だったから。 運転に集中していれば、他に余計な事を考えずに済む。我ながらなんと言うか。ペーパードライバーに近い自分だからの選択だと思うと、少し笑えるかな。 今日は週末で。本来ならこんな風にドライブなんてしてる場合じゃない。でも、だから こそ。今のオレには、この時間が必要だった。何も考えずにいられる時間が。 本当に子供の頃から始めていた『サッカー』。物心ついてから傍らにはいつもサッカーボール。オレの今までの人生は常にサッカーと共に歩いてきたって言ってもいいだろう。 小中高と全国大会優勝。ユース代表にも選ばれて、そして今じゃあプロ選手の肩書き。恵まれていたと言えば確かにそうだ。傍らには常にトップクラスの選手達が居て、日々競い合う中で得られる事が、本来どれだけ得難い物であるか、それはもう重々承知していたし。 そんな中、オレは今年、初めて『試練』と呼べる物に、ぶち当たった。 今まで無かった方が不思議と言えば不思議だけれど。 シーズン開幕からの不調。シュートはとことんゴールに嫌われて、得点数が一向に伸びない。焦りと苛立ち。焦燥と不安。 そして、襲ったアクシデント。……初めての、故障。 同期の仲間達をかつて襲った怪我や故障に比べればどうって事のない、そう思おうとした。周囲を見渡せば、翼や若林さん、岬や三杉。オレなんかよりもずっと大変な怪我や故障やらを抱えて、それでもちゃんとそれを克服して彼らはフィールドに戻ってきた。 彼らに比べるまでも無い範囲。にもかかわらず其れを抱えて、オレは途方に暮れている。 一人でいれば、必要以上意あれこれを考える。周りに人がいれば、それはそれで考えてしまう範囲も広がっていく。 焦る事はない。ちゃんと治療に専念すれば、また元の様にプレイする事が出来るんだから。そう言われて、そう思おうとして、それでも気は焦るばかりだった。チームの試合をTVで観る事さえ出来ない。 考えるのが嫌で、それでも思考は同じ所を延々と彷徨っている。もう、ずっと。オレは 一つの所から身動きが出来ないまま、だった。 あてもなく車を走らせていたオレは、ふと我に返る。 気が付くと、周囲に車の明かりも建物の明かりも、数える程しか見当たらなかった。 ……どこだ、ここ。 かなり本気で焦る。自慢じゃないが、方向音痴なのだ。(それが運転を厭う理由の一つである事は、認める) 「……参ったな」 そう声にして呟き、それから何処か車を停められる場所を探す事にする。 と。暫く車を走らせている内に、なんだか見知った道に車が出る。 「あれ?」 声に出してそう呟き、周囲を見渡す。 記憶に間違いが無ければ、少し走らせればあそこに辿り着く筈…。そう判断して、更に車を走らせる。 辿り着いたのは、間違いなく思い描いていた場所だった。 車を停め、外に出る。 昔、此処には来た事があった。あの時連れて来てくれたのは……確か反町、だったな。免許を取ったばかりの反町に引っ張り出されて。何でも随分と綺麗な夜景の見れる、それも殆ど人が来ない超穴場!とか言ってたっけ。 でも肝心のその夜は、途中から雨に見舞われて。それでも意地になって反町はここまで車を走らせた。水をさされた形のドライブに反町がやたら拗ねてしまって、やけに可笑しかった事を思い出し、ついつい笑ってしまう。 随分長い時間運転していたからか、無自覚に疲れていた体を大きく伸ばしたオレは、視界に映った光景に言葉を失う。 頭上に広がる満点の星空。驚きに声も出ない。暫くそのまま星空を見上げてしまう。 「すっご……」 無意識に零れた自分の声に、漸く我に返って。そのままオレは周囲に視線を走らせた。と、そのまま再び言葉を失った。 目の前に広がる、地上の星座達。地上と夜空の境界線は一体どこだろう。 反町が穴場だと言ったのも頷ける。これだけの夜景なのに、オレの周りには人の姿なし。週末の夜だというのに。 暫く言葉を失ったまま、地上と夜空の星座達の間に視線を泳がせていたオレは、不意に駆け抜けた夜風に愕然とする。 冷たい……? って、何で泣いてるんだ、オレ。 濡れていた自分の頬に。オレはその時初めて気が付いた。 悲しいわけじゃない。辛いわけでもない。そうじゃなくても。 感動しても泣けるのだという事を、すっかり忘れ去っていた自分に気が付く。 ああ、ずっと。オレは忙しすぎる毎日に流されていたんだな。なんて気付かされて。 不必要に焦ってばかりいた自分を少しだけど笑える程度には。オレは落ち着きを取り戻せていた。 大丈夫。 言われてもプレシャーにしか映らなかった言葉が、今更ながらに胸に染み入ってくる気がした。 大丈夫。まだ頑張れる。少なくとも、こうやって夜空や夜景を綺麗だと思い出せる事が出来る内は。 置いて行かれる事ばかりを気にして、本来大切である筈の事を忘れそうだった自分を少し情けなく思いながら。それでも不思議と気持ちは穏やかだった。さっきまでの焦燥がまるで嘘の様に。 置いて行かれるわけじゃない。少なくとも、オレが追いつこうと、共に走って行こうと、そう思って走り続けている間は。 そりゃあ実力勝負の世界だから。遅れたり身動き出来なくなる事だってあるだろうけど。それでも気持ちはいつだって前を向いていたい。 今まで考えてみた事もなかった、こんな事。きっと今回の様な事がなければ、気付く事も無かった。そして、今この時だからこそ、そう思えるんだろうな、とも思う。少しでも時期が違えば……きっとオレは前に進めなくなっていたと思う。 そう思うと、今回のこのスランプもアクシデントも悪い物じゃない。 問題解決のオマケに、こんな綺麗な夜景も拝めた事だしね。 クスクスと笑いを零しながら、オレはもう一度大きく背伸びをする。視界を埋め尽くす、星の雨、イルミネーションの海。 急がずに行こう。焦りも不安も、その辛ささえも。プラスもマイナスも、全てが明日への糧になるのなら。全てをゆっくりと、大事に抱きしめて。心の奥深くに息吹かせよう。 そして、だから今は。瞳の奥に焼き付けた、この星空とこの夜景に包まれて。 皆の優しい気持ちに包まれて。 暫しの休息。 明日から、またオレがオレらしくいられる場所に、立つ為に。 |
■と、いうわけで。
初のキリリク小説にございます!!
■秀川章様リクエストの『荒木真樹彦さんの曲のイメージで井沢のお話』。
曲のイメージでお話書くって難しかったです……(汗)
ちなみに選曲はアルバム『Real』より『夜の千の瞳』をピック致しました。
ご要望に添えたかどうか、もうただひたすら不安です……。
■このお話のリクを頂いてから、荒木さんのアルバムを聴きなおしました。
やっぱり好きだな〜荒木さん。ソロ活動、してくれないのかなあ……。
とりあえず手持ちのアルバムを全部聴いてから選曲するつもりが、
最初に『Real』で『夜の〜』を聞いた時点で、何だか本人とっても無自覚に決定。
同曲をエンドレスで延々聴きつつ書いたならば、この有様(爆)
なんだか、とっても不思議風味な話になってしまいました……(汗)
ってか、これいつ頃を時間軸に設定してるのワタシ……(謎)
■そんなお話ですが、謹んで秀川様に捧げます。
リクエスト、ありがとうございました!!