卒業式なんて、これが初めてじゃないのに。 どうしてだか俺は落ち着かなかった。 前日まで、そんな事全然なかったのに。 それどころか、朝起きて学校に着くまで、その間でさえ全然そんな事なかった。 なのに学校に辿り付いて、校門をくぐった途端。 何故だか解らないけど。 落ち着かない。 それでも式は全くもってつつがなく進み、在校生や諸先生方の拍手に送られて、体育館を出る。 あちこちで写真を撮ったり握手をしたり。みんな最後の時を思い思いに過ごしている。 ご多分に漏れず俺もその輪の中に居た。 サッカー部の後輩やらマネージャーやらに囲まれて。 マネージャーの泣き顔や、普段は負けん気の強い後輩の、それでも少し赤らんだ目元を見て、ああ本当に卒業なんだなって、そう思うけど。 それでもこの落ち着かない、どこか胸の奥がザワザワするような感覚は一向に消える気配がない。 「井沢?」 「え?」 「……聞いてなかったな、お前」 不意の呼びかけに慌てて答えると、来生の呆れた様な顔。 「悪い。何?」 「こんな時にまで、なーに難しい顔して考え込んでるんだよ」 「そうそう。見ろよ、マネージャーが困ってる」 「え?」 見るとマネージャー達が花束を抱えた状態で、困ったように笑っていた。 「あ!ご、ごめん!悪い!」 慌ててそう謝ると、彼女達はいいえーと笑って花束を差し出してくれる。 「御卒業おめでとうございます、井沢先輩」 「ありがとう」 一人が代表して言ってくれた言葉に、俺はそう答えて花束を受け取る。 「これからも頑張って下さいネ。応援してますから!」 「そうですよ!試合とか絶対応援しに行きますから!」 「俺達も先輩達に負けないように頑張りますから!」 「試合、観に来て下さいね!待ってますんで」 後輩達の口々の言葉。 俺達は笑って頷く。 「絶対行くから気の抜けた試合観せるなよーお前ら」 「そうそう」 石崎の言葉に、滝や来生達が頷く。 「ったり前ですよ!」 「そんで絶対に先輩達の代に追いつきますからね!」 不意の一人の言葉に、俺は息を飲む。 ああ、そうか、それだ。 不意に気が付いた。 その言葉を、俺はいつもいつも胸の内に抱いて卒業式を迎えていた。自分自身が卒業する身でも、ずっとずっと。その言葉が、一緒だった。 追いつくから。絶対に。追いついてみせるから。そして一緒に走ってみせるから。 そう思ってた。 彼に。彼らに。 小学生の時は、若林さんだった。 中学生の時は、翼だった。 ここで見送っても、仲間達と一緒にきっと勝ってみせるから。そして先を行く姿に追いつくから。 いつもいつも、そう思ってた。 俺にとって卒業式はそういう日だった。 自分にとって大きな意味のある日というよりも、自分にとって絶対的に大きな存在である彼らの新しい旅立ちの日。 そう。彼らは絶対的な支えだった。実質的にも、精神的にも。 そんな存在を失って、それでもここまでやって来れたのは……仲間がいたから。すぐそこに。同じ気持ちで、同じ位置で。同じ目標に向かって一緒に走る仲間が、絶えずそこに居てくれたから。 絶対的な信頼と共に。 ……でも今日からは違う。 たとえ目標は同じでも、同じ場所にはいられない。すぐ隣りに並んで走ってはくれない。 頼っていたわけじゃない。それでも側にあるその存在の心強さに、確かに俺は救われてきた、支えられてきた。それは真実。 でも、それも今日まで。 明日からはそれぞれ違う場所で。新しい場所で。 それぞれの道を歩いて行くんだ。 だからこその……そう、これは不安だ。一人で歩き始める事への、恐れ。 俺のサッカー人生は常に支えてくれる人がいたから。 若林さん、翼、そして今一緒にいる仲間達。 そんな存在から初めて離れて、俺は歩き出そうとしているんだ、と。今頃になってようやく理解した。だからこその、落ち着かなさ。 無自覚に、でもそれを抱いていたのだと、ようやく解った。 もう三度目の卒業式だけれど。 でも俺にとっては、きっと初めての、そして本当の意味での卒業式。 甘えていたわけじゃなかったけど。寄りかかって来たつもりもないけれど。それでも、精神的な部分での卒業を、今ここでしなけりゃならない。 追いつく為に。共に走る為に。 「いっ井沢?」 「え?」 「おいバカやめろよ、お前。こっちまでしんみりして涙腺緩みそうになるじゃねえか」 ……るいせん? って涙腺? ええっ涙腺?! 一瞬言葉の意味を掴めなかった俺は、数拍の遅れでその言葉を漢字変換して、慌てる。 涙腺緩むって、涙腺が緩むって何つまり俺……泣いてるのか?! 「まあ昔から一番涙腺弱いの井沢だけどな」 「本当にね」 と、不意に後方から思いもかけない声。それからバサッと言う音と共に俺の頭の上に何かが乗っかって来る。 ……ええっ?! 驚いたのは俺だけじゃなくなくって、その場に居合わせた全員。 いいい今の声って、今の声ってー?! 頭上に置かれた何か(は、でっかい花束だった事が直後判明)よりも壮絶に心臓に悪いそれ、は。 「翼!」 「若林さん!!」 周囲の声に、ああやっぱり!と俺は慌てて振り返った。 目の前の二人は、周囲の喧騒なんのそので、何ともにこやかに笑って立っている。 「何でこんな所に!」 「ってか、いつ戻って来てたんだよ?!」 「ついさっき。時差ぼけで眠たいんだけどね」 「まあ、戻って早々いいもの拝めたから良しとするさ」 って、それは俺の泣き顔って事なのか、もしかしなくても?! 大混乱の俺の心情お構いなしに、若林さんは一度俺の頭上に押し付けた花束を改めて俺に押し付ける。 「マネージャー達にと思って持ってきてたんだが予定変更」 「いっそ二つとも井沢に渡す?」 そう言って翼までもが俺に花束を押し付ける。 ちょっと待て、それって構図的に可笑しいんじゃないのか? 「卒業おめでとう」 混乱から抜け出せず、そのままの勢いで二人から花束を受け取ってしまった俺は。直後の彼らの言葉に益々涙腺が緩んでしまう。 それは別に俺だけに向けられた言葉じゃなくって。そこに居合わせた全員に送られた言葉だと分かっていたけれど。 でも、なんてタイミングだろう。 これ以上ない、俺の『卒業式』。 きっと一生忘れない、……忘れられない、大事な大事な『卒業式』。 言えないけれど。 俺は今ここで、皆から卒業です。そして新しい道を歩き始めます。 だからこそ最大級の感謝の言葉を。 今までも、そしてこれからも。 共に走って行く、仲間達に。 最大級の感謝を込めて………。 『ありがとう』の言葉を。 実際に、その言葉は涙で声にはならなかった、けれど……。 03/01/26 UP |
■と、いうわけで。キリリク小説第2弾です!
■秀川章様リクエストの『C翼で卒業話』。
またしても井沢話になちゃいました。仕方ないか井沢FANだし私が(笑)
それにリク下さった秀川様も井沢好きー様なので、必然なのです!(意味不明)
とりあえず高校卒業時のお話のようです(って人事のよう)
正直C翼は途中が抜けてる読書状況なので、実はこの辺りの事がよく解りません。
ごごごごめんなさい(滝汗)
気にはなってるんですけどねー……。トホホー。
■とりあえず、自分の卒業の頃を必死で思い出してみたりしながら書きました。
ってか何でこんなウチの井沢は涙腺弱いんでしょう……謎。
今回これを書くにあたって大ボケかましましたワタクシ。
何かって……高校の卒業式を2月1日と思い込んでたのですようッ(>_<)
行事ネタなのでその行事に間に合うように書かなきゃッ!と思って実際UPして。
その後気付きました。『まて卒業式って3月1日じゃん?』って(爆)
んでもその勘違いのおかげでお話UPなので『まあいいか』(笑)
少し時期がはやめですが。無事UPですvv
■そんなお話ですが、謹んで秀川様に捧げます。
リクエスト、ありがとうございました!!
■あ、そうだ!秀川様からいただいたお言葉で大爆笑で大納得のお言葉があったのです!
翼に対していただいたお言葉。
流れとはいえ花束は早苗ちゃんにあげるべきでしょうという趣旨のお言葉。
全くもってその通り!!(爆笑)
貴方将来を約束してる彼女に渡すはずの花束をヤロウに渡してどうするのッ!(笑)
どうフォローするつもりなのッ?!(笑)