日常茶飯事

「珍しく遅刻?」
 後方からの聞き慣れた声に、井沢は振り返る。
「そっちこそ」
 その返事に、ゆかりは笑う。
「お互い面倒な役職、貰っちゃったわね」
「確かになー。でもオレより西本の方が大変だろう?クラス委員長だし」
「その認識、絶対変だと思うけど。普通クラスの役職よりも、生徒会の役職の方が大変じゃない」
「そうは言うけどなー。役職って言ったって書記だし、他に何人か居るし。楽なもんだけど」
 言いながら井沢はゆかりの手の中にある山の様なプリント類を取り上げた。
「何、これ」
 何気なく目を通した井沢の言葉に、ゆかりは苦笑した。
「次の生徒総会のアンケート資料。……本当に楽させて貰ってるのね、井沢ってば」
「まあね。これも仁徳ってヤツ?」
「よっく言うわねえ」
 井沢の言葉に、ゆかりはそう言って笑い出す。
「まあ仕方ないか。サッカー部のレギュラーなんてやってれば、忙しくって生徒会どころじゃないだろうし」
「そういう西本だって、サッカー部のマネージャーで激務だろ。その上、クラス委員だもんなあ。石崎じゃなくっても頭上がらないよな」
「……ヤな奴ね本当に」
「お褒めに預かり光栄です。で、実際の所、どうなってんの?」
「何が」
「石崎と」
「別に?」
「……周囲公認なのに、なーんで未だに本人達が認めたがらないかなあ、本当に」
「認めるも何も、そんな事実ないしー。それよりも、次の遠征いつだっけ?」
「ユースの?」
「そう。そういう時でもないと早苗、翼君に会えないし。それこそ公認なのに周囲の目を実は気にしちゃってるから、あの子。ボディガードの私としてはきっちり把握してきっちり応援計画立てなきゃね」
「それでまた石崎と喧嘩するつもりかよ」
「またって何よ。随分ね」
「まあ良いけど。喧嘩する程……ってやつだろうし」
「何だってそう一言多いのかしらねえ、井沢クンは」
 わざと君付けで呼んでくるゆかりに井沢は肩をすくめてみせる。
 だって事実だし?とは胸中で留めて。
「でも中沢も大変だよなあ。超有名人の恋人の上、今は遠い空の下、だもんなあ」
「まあねえ。でも早苗、しっかりしてるから。言葉の勉強もしてるし、周りが心配してる程大変だとは思ってないみたいよ?」
「逆に翼の方が心配してるかもなあ」
「なあに、ソレ」
「悪い虫が付かないかって、さ」
「無理でしょーソレは。周囲公認ってのもあるけど、普通の男じゃ早苗に敵わないわよー」
「……何たって姐御だし?」
「そうそう。今は見る影もないって感じだけど、男勝りがなくなっただけで気が強いところとか芯の強さは変わらないもの。それにホラ、強力なボディガードが沢山居るし」
「サッカー部の面々が?」
「他に誰かいる?」
「まあ確かになあ。変な虫が近づこうものなら大騒ぎだもんなあ。何かアレだよな。強力な保護者がゴロゴロって感じ」
「自分も一員だって自覚ある?」
「一応は。でも俺達が出る幕ないって感じだし?何たって筆頭保護者様がいらっしゃる事だしさ」
 井沢の言葉にゆかりは苦笑する。
「はいはい。どうせお節介なおばさん状態ですよ、私が」
「誰もそんな言い方はしてないんだけど」
「似た様なモンでしょう」
 歯に衣着せぬゆかりの返答に、井沢は思わず笑ってしまう。
 彼女とは常にこんな感じだ。
 同性とか異性とか関係なく友情ってモノは成り立ちうるのだと、彼女と知り合ってから初めて井沢は納得できた。彼女の方もそれは同様だったらしく、二人の関係はサッカー部員とそのマネージャーではなく、至ってシンプルに『親友』、もしくは『悪友』。
 だからこそ、実はかなり気にしている。彼女の、進路。
「西本、進路決まったんだっけ?」
「こんな時期にまだ決まっちゃいないわよ」
「言い方が悪かったな。最終的な進路希望は決まったのか?」
「一応はねー。井沢達とは違って、普通に大学に進学希望。変わらずよ」
「何かその言い方じゃあ俺達の進路が特殊みたいだな」
「何ボケた事言ってんの?プロスポーツ選手よ?十分特殊じゃない」
「あー……世間一般ではそういう認識か」
「……ホント、そういう所、変よね井沢って。常識人かと思いきや、みょ〜な所で認識が通常とはズレてる」
「わ〜るかったよ。仕方ないだろ?周りはJに行く人間ばっかりなんだから」
「まあねえ。確かに多いわよねーJに行く人間。あの石崎ですら行くんだもの、世の中不思議だわ」
「……一番喜んでるクチなのに、どーしてそう捻くれた言い方になるのかな西本は」
「さっきから、やたら喧嘩売ってない?」
「別に?」
 そう言って井沢は笑ってみせる。
 他の事ならいざ知らず。どうにも石崎絡みの事になると、とことん素直じゃなくなる彼女は、多少意地が悪く思われる位の会話じゃないと本音を見せて来ないから。
「アレで石崎の評価って高いからさ。生まれながらの素質ってヤツ、持ってるから」
「はい?」
「……そんな意外そうな顔しなくても良いんじゃないのか?」
「だって意外なんだもの。何よ素質って」
「翼や若林さんとかとは違う素質。あいつ居るだけで雰囲気が違う」
「馬鹿騒ぎしてるだけじゃない」
「ひっどい言い方だなあ。仮にも恋人の…」
 事なのに、そう続けようとして、でも出来なかった。思いっきり足を踏みつけられた、ので。
「……痛ーッ」
 声を詰まらせ立ち止まった井沢を、冷ややかにゆかりは見上げる。
「ひっでえなあ」
「余計な事ばっかり言ってるからでしょ」
「はいはい悪かった」
「話、戻して」
「何だっけ?」
「……もう一回踏んでいい?」
「遠慮する。…その場の雰囲気変えられるって凄い素質だと俺は思うけど?変えようと思って変えられない事の方が多いしさ。ムードメーカーってそうそうなれるモンじゃないよ。技術は努力すれば身に付ける事出来るけど、こればっかりは生まれ持った素質だよ」
「……物は言い様、って事かしら」
「ったく素直じゃないなー本当に。アレであいつ人気あるだろ?一昔前と違ってサッカー選手の評価も多様化してるんだからさ。きちんと石崎の事見て評価してる人間多いぜ?元々野郎からの評価高かったけど、最近は女性からの評価も良いみたいだし?」
「……何が言いたいのよ」
「油断してるとヤバイって事」
「………それくらい言われなくても解ってるわよ」
 半ば投げやりに、それでも本音の言葉だと知れる返事に、井沢は小さく笑って話を進路に戻す。
「進路の話とかしたのか?」
「しないわよ。するわけないじゃない」
「どうして。あいつ、気にしてるだろ」
「だから尚更。し・な・い」
「西本ー?」
「だって、こればっかりは違うわよ。自分の進路よ?自分自身で決めなきゃ後悔するじゃない。何かあった時に、人の所為にしちゃうの嫌じゃない。だから私も訊かなかったし」
「気にはなったけど?」
「……悪い?」
「悪かないよ。…決まった後、直接言ってきたんだろ?」
「電話だったけどね」
「……何かさあ…」
「何よ」
「最終的にいつも思うんだけどさ」
「だから何」
「遠まわしーに、でも実の所はさあ」
「もーイライラするわね。さっさと!はっきり!言いなさいよ」
「……のろけになってるよな」
 その一言に、ゆかりが珍しく絶句する。暫しの沈黙の後、僅かに赤く染まった頬で、ゆかりは井沢を睨みつけ、漸くの思いで言葉を搾り出した。
「だ…っれがよ!」
「西本が。無自覚みたいだけど?」
「無自覚もなにも、してないわよそんな事!」
「はいはいはい」
「してないってば!」
 そうゆかりが声を荒げた次の瞬間。
「……何吼えてるんだよ」
 との不意の声に、二人はぎょっとして前方を見る。
 呆れた様な顔をした、件の話題の主、石崎が立っている。
「お前、声デカ過ぎ」
 その言葉にゆかりが言い返そうとする直前に。
「丁度良かった石崎、後宜しく」
「は?」
「俺、生徒会室に一回戻らなきゃならないから、これ頼んだ」
「んだよコレ」
「クラス委員長の荷物。いつも世話かけてるんだから、たまには恩返ししろ」
 その言葉に、二人が同時に声を張り上げる。
「誰が世話かけてるってんだよッ!」
「誰が世話なんてしてるのよッ!」
「知らぬは本人達ばかりってね。じゃ、また後でな!」
「井沢ーッ!!」
 その場を走り去る井沢に向かって同時に叫ばれる非難がましい声、は綺麗サッパリ無視をして。
 大事な大事な親友達の未来がどうか明るい物でありますように。
 そんな事を何となく思いながら、井沢は生徒会室へと向かうのだった。



■と、いう事で。秀川章様からのカウンタ678リクエスト話、です。
  お題は『井沢とゆかりちゃんの友情話』。
  二人の日常会話をとの事で、普通に他愛もない事を語らせた、つもり。
■しかしですね、今更ながらに気が付いたのですが。
  たしか、彼らの世代は卒業後直ぐにJには進まずに、
  ユース一本に絞ってたんじゃなかったですっけ……;;
  と、唐突に思い出したのですが……ぐはあッ。
  や、もうホラ、私の書く彼らはパラレルって事で(爆)
  だって前回のリク話で、既にそのミスを犯してるし私ってば…;;
  あああ、ちゃんと前のシリーズ読まなきゃあきませんねえ……;;
■しかし、今回のお話は、普段とは違った色合いのお話になった気がします。
  (どこがどう違うかと訊かれると答えに窮しますが……あかんやん)
  いつもいつもリクを頂いて書くと、普段とは違った視点で話を書けてベンキョになります。
■こんなお話ですが、謹んで秀川様に捧げますvv
  リクエスト、ありがとうございましたーvv