日常茶飯事
 −Ver.『Jr.HighSchool 二人のきっかけ』−




お互いの第一印象。
『気の強そうな奴』 井沢守談
『つかみ所なさそうな感じ』 西本ゆかり談


「いーざーわーくーん?」
 その呼び声に、井沢は小さく肩を竦める。
「これでもう何回目かしらねえ?」
「だからゴメンって」
「謝るだけなら誰にでも出来るのよッ!」
「だって仕方ないだろう。捕まんないんだからさ」
「知らないわよ、そんな事!」
 ガウッと唸ったゆかりに、井沢は素直に降参の意を表す為に、諸手を上げる。
「悪かったってば」
 そんな二人の会話を、周囲はまたかといった風に遠巻きに眺めている。
 気がつけば。彼女とは、いつもこんな感じだった。
 きっかけは一体何だったのか。
 お互いに第一印象は決して悪くは無かったけれど、とりたて良かったと云う訳でもなく、至って普通。それが何だって、こんな親友を通り越して悪友もどきに発展したのか……。
 ムキーッと未だにいきり立っているゆかりを見つつ、井沢はそんな風に思っていた。
「──何よ」
「ん?」
「人の顔、ジーッと見て。言いたい事があるなら、さっさと言う!」
「いや、別にそうじゃなくってさ」
「なくって?」
「───何だったかなーと思って」
「何が」
「きっかけ」
「は?」
「こんな風に、西本が俺に容赦なくなったのって」
「──どういう意味よ、容赦ないって」
 瞬間目を丸くして直後きつい調子で言われた、けれど口調ほどトゲの感じられない言葉に、井沢は肩を竦める。
「石崎の心配が全くの杞憂だって、周囲が断言できるような間柄、とも言う」
「─────ヤな表現するわね、相変わらず」
「そう?」
「嫌って言うよりも、一言多い、かしらね。って言うか、何?覚えてないの?人が散々な目に遭わされたって言うのに」
 少々眉を寄せて返された言葉に、ようやく井沢は思い出す。
 そうだった。
 みょーな誤解の所為で、随分と彼女に被害を及ぼしてしまったのだった。
「…………そうでした」
「ま、思い出しただけマシかしらね」
 井沢の呟きに、ゆかりは笑いながらそう答える。
「アレがなけりゃ、普通に部員とマネージャーの関係だったわね。お互い、本音見せずにね」
「だろうなあ」
 ゆかりの言葉に、井沢も頷く。
 それは、1年の夏休みが明けた頃に起こった、的違いな騒動が引き起こした事に、違いないだろう───。


「あれ?マネージャーは?」
 一人の言葉に、その場に居合わせたメンバーはキョロキョロと周囲を見渡した。
「クラスの用事?」
 その問いかけに、もう一人のマネージャー、中沢早苗は頭を振る。
「聞いてないわ」
「え、じゃあ遅刻?珍しいな」
 その言葉に誰もが頷いた。例え先輩部員だろうとも遅刻には厳しい彼女−ゆかりが、自ら無断で遅れてくる事など考えられない事だった。
「あ、そういえば」
 不意に誰かが呟く。
「HR終わった時、誰か来てたな」
「誰か?」
「そう。確かよく練習見に来てる連中の内の何人かだった気がする。多分、2年生」
 その言葉に、不意に井沢は嫌な予感で眉を顰めた。
「……………すみません、すぐ戻ります」
「え?井沢?!」
 唐突に言って駆け出した井沢に、周囲が驚いたように声を上げる。が、それを気にする事なく、井沢は走る。
 2年生の女子数名。まさか、と思う反面、きっと、と思った。
 1週間前。井沢に告白してきた相手を思い出す。そして、それに付き添ってきた数名の顔も。
 今の自分はサッカーで手一杯だから、と。そう答えた井沢に、告白してきた相手じゃなくて、付き添ってきた数人の方が、食い下がって来た。そうやって、誤魔化してるんじゃないでしょうね、と。
 誤魔化す?
 彼女達の言葉に、井沢の頭の中にはその言葉と、?マークが飛び交った。誤魔化すって一体何を、と。
 けれど、誤魔化すも何もそんな事を全くしていない井沢は正直にそう答え、それから練習開始の時間を理由にその場を去ったのだ。
 後になって思考を巡らせて、漸く井沢はその言葉の意味に思い至った。つまり、彼女達は全く井沢の言葉を信じていなかったのだ。本当は誰か好きな相手がいて、それを言わずに、ある種お決まりの言葉で断ったんじゃないのか、と。
 だから、もしかしたら。
 何をどう考えれば、そんな結論に達するのかは全くもって井沢には見当もつかないけれど。矛先を、ゆかりに向けたのではないか、そう思ったのだ。多少ヒステリックに詰め寄ってきた付き添いの面々の顔を思い起こした時、有り得ない事ではないだろう、と思えてならない。
 とはいえ、何処を探したら彼女達を見つける事が出来るのかと言った、具体的なあてがあった訳でもない井沢は、ひとまず辿り着いた部室棟で息を整える。
「よくあるパターンって言えば体育館の裏、だったりするんだけど………」
 そう呟き、他に考え付かない井沢は、とにかく行ってみようと体育館へと走る。
 と、案の定、と言うべきか、はたまたワンパターンすぎると言うべきか、ともかく其処に彼女達が居た。
 体育館を背に立つゆかりの周囲を、1週間前に見た付き添いの面々が、何故か人数が増えた状態で取り囲んでいる。
 あああやっぱり、と井沢は内心で天を仰ぎながら、それでも状況を打開しようと彼女達へと近づく。
「…………だーから、大概しつこいわねえ。確かに井沢とはクラスも一緒だし部活も一緒だけど、でもそれだけよ。普通のクラスメート。別に、そんな恋愛感情なんて、お互い持っちゃいないわよ。同じクラス・部活ってだけで恋愛しなきゃならないなら、そこらじゅうカップルばっかりで埋まっちゃうわよ、バカバカしい」
 と、近づくにつれ耳に入るようになった、ゆかりのそのキッパリとした物言いに、思わず苦笑する。
 確かに彼女の言うとおりだ。
 だが何も多勢に無勢の状態で、相手を挑発するような事を言わなくてもいいだろうに、と。冷や汗もので井沢は更に彼女達へと歩み寄る。
 けれど、何とかその場を収める為の言葉をと考える井沢の思考よりも早く、ゆかりは立て続けに言葉を紡ぐ。
「井沢がそう言ったんなら、そうなんじゃないの?だいたい、本当にサッカーに手一杯で他に構ってられない状態だって、そんなの傍から見てたら分かり過ぎるぐらい分かるじゃない。それとも何?好きな相手の言葉をそんなに信用できないの?それって本当に相手の事好きなの?」
 辛辣なゆかりに言葉に、一瞬にしてその場の空気が凍りつく。
 あ、ヤバイ。
 咄嗟にそう思った井沢は、瞬間的に駆け出して、そして。
 パンッという小気味いい音が周囲に鳴り響き。……一瞬の静寂の後、悲鳴が上がる。
 悲鳴を上げたいのはこっちの方だ、と井沢は胸中で呟いた。
 ゆかりを目掛けて振り下ろされた手は、寸分違わず、間に飛び込んだ井沢の頬を打っていた。咄嗟の事で、歯を食いしばる余裕がなかった所為だろう、僅かに口の中に血の味がする。
 女子の力とはいえ侮れるもんじゃないよなあ、等と場違いな感想が井沢の思考を過ぎった。
「ヤダッ井沢?!」
 珍しくもうろたえたような声が、ゆかりの口から零れ、その声に『そう、井沢』等と苦笑しながら答えて、井沢は熱を持つ頬を撫でる。
 そんな二人のやりとりに、悲鳴を上げた後すっかり静まり返っていた集団の口から更に悲鳴が上がり、井沢は目を丸くした。
 キャーごめんなさい!とか何とか叫びながら、集団はその場から走って逃げて行ってしまい、後に残された彼らには唖然とその後姿を見送るしか、ない。
「……………何、アレ」
 ようやくの思いでそう呟き、沈黙を破ったのは井沢だった。
「………さあ」
 ゆかりは言葉少ないそう返し、それから我に返る。
「って、井沢平気?!」
「まあ、なんとか。そっちは?」
「何ともないわよ!も〜何なの、あの人達?!勝手に勘違いして、挙句井沢の事殴っておきながら、とんずら?!」
「あー……でもまあ西本に実害がなかったんなら良いよ、別に」
「良くないわよ!」
「………それもそうか。変な事に巻き込んじゃって、悪い」
 ゆかりの言葉に、井沢は改めて思い直し、そう謝る。無関係なのに巻き込まれたとあっちゃあ、そりゃあ納得もいかないだろう。
 そう思っての謝罪だったのだが。
「誰もそんな事言ってないわよ」
 きっぱりと言い切られて井沢は目を丸くする。
「じゃあ、何?」
「何って、分かってるの?あの人達、井沢の言葉これっぽっちも信用してなかったって事なのよ?誠心誠意の言葉疑われて、何で怒らないのよ」
「……………ああ」
 言われて、頷く。
「それは、一応理解してるつもりだけど」
「…………平然と言うことじゃないわよね」
「んー……でもまあ仕方ないんじゃないかな。こっちも相手の事全く知らない状態での邂逅だから」
「……悟ってる場合?」
「よくある事だろ?」
「……………だからそれが悟ってるって言うの。だいたい、あの中に井沢に告白してきた本人、いなかったんでしょう?」
「あー…うん、そうだったな」
「……………それが一番問題じゃないの。本人すっとばかして、何で関係のない人間が文句つけてくるわけ?」
「さあ?女の友情ってやつじゃないの?」
「………冗談じゃないわよ。そんな言葉で片付けられちゃ堪んないわ。それにね、井沢。その発想も大概失礼よ、世の女性に対して」
「え?……ああ、ごめん。別に世の中の女の人、皆がみんな、ああだって言ってるつもりはないよ。そんなの、西本達見てるとよく解る」
 井沢はそう言って、普段のゆかりと中沢早苗の様子を思い起こす。
「まあ多少、西本が心配性ではあると思うけど」
「……………ヤな事言うわね」
「そう?」
「……………人間観察出来てるって褒めるべきかしらね」
「そう?まあ仕方ないと思わなくもないけど。相手が翼だし」
「それなのよねえ。もう少し、なんとかならないモンかしらね、あの二人」
「無理じゃない?……翼もわりと天然だし」
 井沢の言葉に、ゆかりが小さく吹き出す。
「天下の大空翼も、仲間に言わせると形無しね」
 クスクスと笑うゆかりに、井沢も小さく笑う。
「友情とお節介って紙一重だから、これでも俺達も苦労してるって事」
「言えてるわね」
 そう答え、とうとう大声で笑い始めたゆかりに、井沢もつられて笑い出し。
 散々笑いあった後の二人を待っていたのは……遅刻に対するペナルティ、だったりしたのだが。


 あの時の会話が、おそらく二人の関係を再構築させた、きっかけに違いない。


「あれ以来、本当に容赦ないよなー西本」
「あら、だって仕方ないじゃない。ポンポン言い合えるの気持ち良かったんだもの」
「それだけ?」
「そうよ。きっかけなんて、そんな物じゃない?その後は、お互いのカードの出し合いが、実にストレートになったってだけ」
「ストレート、ねえ」
「そ。そのストレートなカードに、偏見なしに反応できるか否かって部分で、井沢は実に見事よねえ」
「見事?」
「言葉の駆け引き嫌いでしょう?無自覚なんだろうけど。私も一緒。だから性別関係なしに、こ〜んな謎な間柄になれてるってわけだけど」
「難しい考え方はしたくないんだけど、俺」
「ホラ、そ〜いう所。貴重だわね」
「そう?」
「少なくとも私にとっては。変な言い方だけど、私あの連中にちょっと感謝してるのよね」
「感謝〜???」
「そうよ。何を思ってあんな勘違い出来たんだかは理解不能だけど、でもお陰でいい友人を得られました、有難うって」
 クスクスと笑いながらのゆかりの言葉に、井沢は苦笑する。
 まったく彼女のこの前向きな姿勢には頭が下がる、そう思う。彼女の思考の波に振り回される事も確かにあるけれど、自分とは全く違う視点を持った彼女の言葉に、どれだけ感嘆してきた事か。
「確かに、その点については感謝しても良いかもなー」
 井沢のその呟きは、授業開始のチャイムにかき消され、ゆかりの耳には届かなかっただろうけど。
 サッカー部の面々とはまた違う、貴重な存在である異性の親友に。
 井沢はこっそりと、けれども深く深く感謝の言葉を呟くのだった。

                                    03/12/25 UP



■ってな事で。キリバン4567をふみふみして頂いたchisa様からのリクエスト。
 お題は4500と同様『井沢とゆかり嬢の友情話』で、
 更にキーワードが『友情について(中学時代)』。
 ………しかしこれはリクエストに沿っているのか………?????
 ハナハダ疑問………。
 書き始めた時はこんな感じの話ではなかったんですがねえ……。
 気がついたら、こんな感じになってました(爆)
■しかし冒頭のゆかり嬢、一体何に憤ってらっしゃるのか……。
 書き始めた時にはその設定もあった筈なんですが……。
 書いている内に何処かに消えてしまいました…。
 確か、ゆかり嬢が井沢の親戚にお願い事をしている、とかいう設定だった筈。
 で、お願い事の内容は、多分石崎絡み、だった筈。
 何か石崎に手渡したかった模様。チョコか何かか?
 いやでも彼女はバレンタインとかに手をださなそうだ……。
 って事で謎は謎のまま残りそうです……(オイコラ)
■またもや謎風味なお話になってしまいましたが、謹んでchisa様に捧げます!
 リクエストありがとうございました!