「ミロッ!」 後方からの呼び声に、けれどミロは振り向けずにいた。聞こえない振りを装い歩き続けるミロを、けれど彼が許すはずもなく、程なくして再びの呼び声と共に腕を掴まれ、ミロは漸く立ち止まる。 「ミロ、一体どうしたんだ?」 「……何でも、ない」 真っ直ぐに見据えてくる瞳を見返す事も出来ず、ミロは視線を逸らすと小さくそう返す。 「何でもないじゃないだろう」 言いながら、カミュの手がミロの頬に触れる。微かに血の滲んだその傷に、その形の良い眉が瞬間寄せられる。 「訓練中に気を逸らせるなんて、さっきはこれ位で済んだから良いが、一歩間違えば」 「解ってるよ!」 そう言い放ち、頬に触れる手を振り払う。 「それくらい、ちゃんと解ってる」 「ミロ」 「…………ごめん。少し、疲れてるだけだから。気にしないでくれ」 ミロはそう呟く様に告げて。そして、尚も何かを言い募ろうとしたカミュを振り切るように、その場を走り去るのだった。 『ミロ、お前どうして聖闘士になろうと思ったんだ?』 昼間、不意に仲間から放たれた疑問符。 「え?」 驚いた風に返されたミロの声に、彼は小さく苦笑しながら、頬をかく。 「何?急に」 「いや、ちょっとさー初心に帰るっていうか、さ」 訓練厳しくって挫折しそーな己への鼓舞って言うかさ、と苦笑する友人に、ミロも苦笑する。 「俺はさあ。………俺の故郷ってのがさ、ひっでえ所で。その日その日を暮らしていくのが精一杯って所でさ。………戦の所為で。だから、俺は地上の平和が欲しい。そしてその平和を守る女神の為に闘いたいって思った。………まあ、いつ女神がこの地上に降りて来られるか判らないんだけどさ」 普段はどちらかというとおちゃらけ部分の多い友人の真剣な眼差しに、ミロは驚いたように目を丸くして、それから眼を細めた。眩しい何かを見つめるかのように。 「ミロ?」 「……………うん。俺も……地上の平和の為に、かな」 「だろ?いつかその為に闘えたら嬉しいよなあ。………その為にも、今はこの厳しい訓練にも耐えなきゃ、なんだけどさ」 うんそうだな、そう答えながら。 瞬間、目が眩んだ。 自分は何の為に聖闘士になろうとしているのか。瞬間浮かんだ、その答えに。 地上の平和を護りたい。そう、それは本当だ。嘘偽りなく、確かにそう思うのだ。 けれど。 それ以上の、理由に気づいた時。 その答えに。いや、その答えが、あまりにも明確に自分の内に在った事に。 …………眩暈が、した。 コンコン、と響いた小さなノックの音に、ミロは我に返る。抱えていた膝に埋めていた顔を上げ、返事をするよりも前に。 「ミロ、入るぞ」 そう告げて入って来たのは、カミュだった。視界に入った美しいその真紅の髪が、瞳が。途端にミロの胸中を掻き乱す。 「……………何」 平静を装い短く告げた言葉に、カミュも端的に答えを返す。 「今日の訓練の時の事だ」 その言葉に、瞬間ミロの瞳に動揺の色が浮かぶ。 嫌だ。 そう思った。気づかれたくない。知られたくない。誰よりも、彼には。 「また、その話?」 もういいだろ、そう続けようとするのだが、それよりも早くカミュの声がそれを遮った。 「何を考えていたんだ、あの時」 「………別に、何も?」 「誤魔化すな」 「別に、誤魔化してなんか……」 「だったら私の目を見て、同じ事を言ってみるんだな」 そう言い放ち、未だベッドの上で膝を抱えた状態のミロの元まで来ると、カミュはその顔を覗き込む。 真っ直ぐに見据えてくる、瞳。答える事も出来ず、けれど視線を逸らす事も出来ず、ミロは言葉を失ったまま、小さく頭を振った。 「ミロ?」 言いながら、カミュの手がそっとミロの頬に触れる。小さな傷痕は、訓練中に負った物だ。らしからぬ怪我に、けれど一番動揺していたのは、恐らく怪我を負った本人だったろう。 「…………昼間、訊かれたんだ」 「訊かれた?何を」 「……………どうして聖闘士になろうと思ったのか、って」 「それで?」 「……………………昔は、理由なんて、なかった。とにかく、生きていけるなら、どうでも良かった」 質問を発した友人と同様に、戦の多発していた故郷。その中で、ミロは全ての肉親を失った。自分の命すら危うい其処から幸運にも救い出され、此処聖域に来られたのは本当に偶然だ。生きる為に、ただその為だけに、気がつけばミロは聖闘士を目指す生活の中にいた。そう、それは事実だ。 「ミロ………」 「…………今は、そうじゃない。そんな考えで聖闘士になれるなんて思ってない、ちゃんと解ってる。聖闘士がどういうものか、どんな意味をもつものなのか、理解してる。その上で、平和の為に、聖闘士になりたいって、ちゃんと思ってる。………だから、そう答えた」 暗に『昔の自分の幼さを、未熟さを思い出して、動揺したのだ』と。そう伝えようとしているのだと、カミュは判断した。けれど同時に、それが今回の事の理由ではない、とも瞬時に見極める。 「それで?」 「それで、って……」 「………それだけで、あんなミスをお前が犯すわけがないだろう。それは、お前自身が一番よく知っている筈だ」 「やだな、カミュ。それは買い被り過ぎだよ」 「ミロ!」 話を逸らそうと意図するミロの声を、カミュのきつい声音が遮る。 「………そんな言葉で、私が誤魔化されると思っているのか」 「…………………」 「それだけではないのだろう?」 「…………ああ、そう。それだけなら、良かったさ。それだけなら!」 そう言い放ち、ミロはきつく拳を握り締める。小さく震え、筋さえ浮かぶその拳を、そっとカミュの手が包みこむ。その温もりに、ポツっとミロの瞳から涙が零れ落ちた。 「ミロ?」 「……………それだけなら、良かったのに」 「違ったのか?」 優しい声音に、けれどミロは小さく頭を振って、その視線から顔を逸らす。 「ミロ?」 「…………嫌だ……。これ以上は、言いたくない。……………言えない……」 「ミロ」 「……だって、こんなの…………お前に呆れられる……きっと嫌われる………」 「このままでも、同じかもしれないだろう。………私にまで、隠すのか?」 「……………………知ってる?カミュ。それって、脅迫と、変わらない」 「そうだな」 「性質、悪くない?」 「そうだな」 「それでも、言えっていうんだ?」 「そうだな」 「……………狡いよ」 「知っている」 カミュの答えに、漸くミロの顔に小さな笑みが浮かぶ。が、それも瞬間の事で、そのままミロは俯いた。視界の先に、未だカミュの手に包まれたままの、自分の手が映る。 「ミロ?」 穏やかな声音に、ミロは俯いたまま、小さく答える。 「傍に………カミュの、傍に、居たいから………。そう、思うから、だから…………」 「ミロ……?」 「そう思ってる事に気付いて………。みんなは真剣に、地上の平和を護りたいって、だから聖闘士になるんだって言ってるのに………。なのにオレは、そんな理由で……自分の為に、なろうとしてるんだって、そう気が付いて………。どうしたらいいか、解らなくなった……」 そう告げたミロの頬を涙が伝う。 何時の間に自分は、こんな風に、簡単に泣いてしまえるようになったのか。………その理由を、きっと自分はもうずっと前から知っていた。そう、彼と出会ってしまった、その時から。いつだって彼に支えられている。彼が傍に居てくれる時だけは心安らえて、そして弱い自分が育っていくのだ。解っていて、それでもその心地よさかから離れられない。彼を失う事に、きっと自分は耐えられない。 「……………ミロ、泣くんじゃない」 言いながら、カミュの腕が不意にミロを包み込む。直接触れるその温もりに、胸が締め付けられる様だった。 「…………カミュ………」 「よく聞け、ミロ。………それはお前だけじゃない、誰もが同じなんだ」 「…………おなじ…?」 「そうだ。地上を護りたい、それは突き詰めていけば結局は、自分の大事なものを……大事な『誰か』を護りたいという事と同義だ。そしてそれは、その大事なものの傍に居たいと云う事とも、同義に違いない。……お前は、それを弱さだと思い、また罪だとも思うのか?私はそうは思わない。何をも愛せない者が、何をも護れる筈がない。そうだろう?……………だからミロ、お前は何も間違ってはいない。そんな風に自分を責める必要などない。……………現にミロ、私もそうだ」 その言葉に、弾かれた様にミロが顔を上げる。涙に濡れた瞳が、カミュを見つめた。 「私は、お前を護りたい。お前を傷付ける、何からをも。お前が地上の平和を願うならば、私の願いも其れだ。お前が聖闘士になるならば、私もお前と同等の聖闘士になる。そして、常にお前の傍らにある。………………私も、同じなんだ。解るか?」 言いながら、カミュの指がミロの頬を伝う涙を拭う。 「ミロ………私はお前が大事だ。誰よりも、何よりも、お前だけが大事だ」 「カ……ミュ…………」 「……………愛しているよ、ミロ。誰よりも、何よりも。………誰にも渡さない。お前の傍らにあるのは、私だけだ」 言いながら、カミュはそのままミロを抱きすくめる。 その温もりに包まれ。カミュの腕の中に身を預け、胸元に顔を埋めながら、ミロは呼ぶ。己の想い人で、今力強く己を包み込んでくれている、彼の名前を。何度も、何度も。思いの丈をのせ。 良いのだろうか、その思いは、迷いは、今ここで忘れてしまおう。 彼の言葉を信じて、そしてこの想いを、彼への想いを支えに、これからも歩き続けよう。きっとまた、自分には迷い立ち止まる時があるに違いない。弱さ故に。でも、その時にこの想いを忘れずにさえいれば、きっと立ち尽くすことはない。 この想いと、傍らにこの温もりがある限り。 未だ涙に塗れたその瞳で、ミロは漸くカミュの瞳を見返した。けれど、その瞳に再び宿った強い光に、カミュは微笑む。 そう、この瞳こそが、ミロの証だ。ともすれば壊れそうな繊細さと優しさを身に潜めた、本当は寂しがり屋で涙もろい彼。けれど、同時に併せ持った、真っ直ぐなひたむきさと、負けん気の強さ。その強さも弱さも、全てが凝縮された、この純粋で、生気の強い、瞳。 この瞳の輝きを護る為なら、何でも出来る、そうカミュは誓ったのだ。初めてミロに出会ったその時に。……無論、ミロは露とも知りはしない誓いだけれど。 「愛してる」 そう囁いて。厳かに、再びの誓いを胸中で囁きながら、カミュはそっとミロの唇に触れた。 触れた部分から、カミュの温もりが、そして優しさが伝わってくる。一度知ってしまえば、二度と手放せない、その温もり。誰よりも、大切で失えない、愛しい人。 どうか、離さないで。離れないで。ずっと、ずっと………。 「オレ、も」 朱に染まった頬のまま、再びカミュの胸に顔を埋め。それでもミロは、はっきりと告げる。大事な、その想いを。 「オレも、愛してる……。だから……」 だから、傍に居させて。……傍に居て。 消え入りそうな、その言葉に。カミュは答える代わりに、ミロを抱き寄せる腕に力をこめる。 そうして、再び自分を見上げてきたミロの唇に、そっと誓いの接吻を贈るのだった。 |
■と、いう事で。 6700ふみ申告、小玉みかん様のリクエスト話にして、当サイト初のカミュミロ話です。 お題は『カミュミロでラブらぶなお話』でした。 んが…………ら、らぶらぶか?これ………。と書いた本人はとっても不安です………。 でも一応みかんさんにはラブラブの範囲内と認めて頂けたようなので、多分大丈夫。 ■本当は、キリ話には別のお話を書いていました。 しかし最近アクセス解析を設置してみた結果、 ありがたくもミロ受同盟のサイトから来て下さっている方がいらっしゃる事が判明! 『ぎゃーーーーー自分の話まったくないじゃんウチのサイトーーーー!!!!!』 と、私的にとっても焦りまして…………;; で、急遽むか〜し書いたカミュミロ話のリメイクにとりかかったのですが。 『………何か、リク用に書いてる話より、こっちのがラブラブっぽい』と思い至り。 みかんさんにお伺いしてみた所、リメイクでもラブラブの方が良いとのお言葉で。 (その方が早く進呈出来る、っていうのも大きな要点だったですかね、もしかして) で、結局そのお話をキリリク話にさせて頂き、今回のUPとあいなりました。 笑うことに、元のお話は今から10年以上前のものです。 いやーもう本当に。リメイク作業で死ぬかと思いました、恥ずかしさで(笑) 一人パソコン前で悶絶です。家人に見られたらきっと何事かと不審がられたに違いない(笑) ■そんなこんなな状態ですが、ようやくキリ話UP、そしてカミュミロ話のUPが出来て、一安心です。 リクエストありがとうございました、みかんさん!! …………そして、ミロ受同盟から来てくださっている方に少しでも喜んで頂けていれば、 嬉しいです。 む、無理かな…………;; |