「今度はドコに行くつもりだよっ」
「そうだな……何処がいい?」
「オレに聞いてどーすんだよっ」
 食事を終え、再び街中を歩き始めた小次郎に、光はそう声を粗げる。
「怒ると綺麗な顔が台なしだって言っただろう?」
「そんな事どうでもいいっ」
 それよりもオレの質問に答えろっ!と怒鳴るよりも早く、真剣な眼差しで彼は光の言葉を遮った。
「良くないさ。今は俺がお前の買い主だ。怒るな」
「………も、好きに言っててくれ」
 脱力して光は呟く。何だか彼に会ってから、調子が狂いっぱなしだ……。
「……ドコでも、いいんだなっ?」
「好きな所を言え」
「ホンットにドコでもいいんだなっ?」
「ああ」
「………じゃあ、ワールドブリッジ」
 光はそう答えた。
 絶景を誇るその大きな橋は、実用的な橋であると共に、観光名所・デートスポットとしても有名な所だった。けれど。
 どうだっ!こっからかなり遠いぞ!その上あそこは渡るのに10オルグ取られるんだっ。これでも良いって言うつもりかっ 
 その内心の光の思いは、けれど次の言葉に吹き飛ばされた。
「ワールドブリッジだな?分かった」
「えっ?」
 光のその声を聞き流し、小次郎は再び光の手を掴み歩きだす。
「あそこへ行くなら車が要るな」
「ちょっ、マジかよっ?」
「行きたいと言ったのは光だろう?」
「そ、そりゃそうだけど……」
 しっ、信じらんねえっ何こいつっ 
 内心の思いはけれど口にする事が出来ず、気がつけば車に乗せられ。
 そして1時間後。二人はワールドブリッジの上にいた。
 ホンットに連れて来やがったコイツ……。
 参った……と呟きながら、光は欄干につっぷした。
「どうしたんだ?光」
「何でも、ない……」
 グッタリと呟く様にそう返した直後、光は盛大なクシャミを一つ零す。
「ああ、海際だから少し寒いか」
 小次郎はそう言って光を抱き寄せると、そのまま自分のコートで包み込む。
「ちょっ……?!」
「暖かいだろう?」
「そりゃ、ぬくいけど……」
 光はそう返し。平然とした面持ちの小次郎に小さく苦笑した。それから諦めたかの様に、後ろから抱き締めてくる小次郎の胸に背を預け、そして目の前に広がる景色に見入る。
「キレイだ……」
 ポツリと呟いた光に、小次郎は目をやった。
「……あんた、こんな事の為にオレを買ったのか?20オルグも出して?」
「いけないか?」
「だって……今までオレを買った奴らは皆、オレの身体目当てで……こんなコトする奴なんて、いなかった……」
 こんなに優しくされたのは、初めてだった。
 孤児院ででも。孤児院を出た後にも。誰かに優しくされた記憶なんて、一度もない。
「光……?」
「変だよ……絶対……」
 そう呟く光を、小次郎はそっと抱き締めた。
「構わないよ、変で」
 そのまま彼らは、ただ無言で夜景を眺め続けた。お互いの体温を、感じながら……。


 あの日、以来。
 気がつくと、光はいつも小次郎の事を、考えていた。
 他の誰に買われて抱かれても。思いは常に彼へと飛ぶ。
「バカだ、オレ……」
 光は小さく、そう呟く。
 アレは、金持ちのただの気まぐれだってのに。それなのに……。
 そう思ったから。あの日、別れ際連絡先を言おうとした彼の言葉を遮った。自分の連絡先も告げずに、彼の前から逃げ出した。
 ただの気まぐれを、本気に取っても空しいだけだから。
 だって、彼みたいな人間が、本気で自分みたいな人間に構う筈がない。それなのに。
「どうすんだよ、好きになって……」
 そう呟いた時、初めて涙が流れた。物心ついた時から一度も泣いた事なんて、なかったのに。
「小次郎……」
 ただ、その名を呼ぶだけで。彼の事を思うだけで、こんなに辛い。涙が、止まらない。
「会いたいよ、オレ……。あんたに、会いたいっ……」




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