「んッ………」
 深い口付けの後、そう零れた吐息に、小次郎は腕の中の光に目を落とす。
見つめてくる視線に気がついた光が、恥ずかしさに瞳を逸らす。その様子に小さく笑みを零すと、そのまま首筋に顔を埋める。
「あッ」
 首筋をきつく吸い上げられて、堪えようとしていた声があっさりと零れ落ちた。
 その白い肌の感触を楽しむかの様に、小次郎はゆっくりと光の細い身体のラインを指でなぞる。緩々とした、それでも確実な愛撫に、光の思考は少しずつ自分を見失っていく。
「あ……んッ………こじ……ろッ」
 身体中が熱い。ほんの僅かな小次郎の動きにでさえ、無意識に身体が跳ね上がる。上手く思考が結べなくて、訳の分からない焦燥感に身体ごと呑み込まれていくような、自分自身を見失ってしまいそうな不安感。こんな事は初めてで、戸惑いを隠しきれないまま、光は小次郎の背中に縋り付く。
「小次郎ッ」
「大丈夫だ、光。何も怖くないから……力、抜いて」
 そう耳元で囁かれても、光は力なく頭を振った。
 思考すら奪い去る、身体の奥底から湧き上がってくる、何か。むず痒いほどの焦燥感。身体中を駆け巡るような熱量に、気が変になりそうだった。
「……やッ。こじろッ……オレ、へ…んッ」
「変?……何が?」
「あッ……解ん…ない、けどッ」
「光……?」
「あ…んッ……。からだ…熱…いッ」
「………今まで、無かった?」
「やッ……」
「無かった?」
「……んッ。な……い、よッ」
 こんな気の狂いそうな感覚はなかった。触れられた所から発熱して、身体が溶けてしまいそう、こんな風になった事なんて一度もない。
 切れ切れに、愛撫の合間にそう告げる光に、小次郎は小さく笑う。
「いいんだよ、それで」
「え……?」
「………感じてくれてるんだから、それでいいんだ」
「な……に?」
「もっと感じて、俺に狂っちまえ」
「何、いって……やあッ」
 快楽を知らないまま行為だけを覚えこんできた身体に、初めての快楽を存分に味あわせてやるよ。
 小次郎は内心でそう呟き、未知の感覚に怯えるように自分に縋り付く光の唇を塞いだ。口腔内を存分に味わい、そのキスに夢中になっている光に、胸中で告げる。
 俺に夢中になればいい。今までの事なんて、忘れるくらいに。偽物の交わりなんて、忘れ去ればいい。だってそうだろう?愛情もなければ、快楽もないセックスなんて、偽物だ。
「こじ……ろ……」
 潤んだ瞳で見つめられ、小次郎は宥めるようにその背を撫で微笑んだ。その仕草一つですら、『初めての』快楽に翻弄される光には、毒だ。
「あんッ!」
 身体中を隈なく撫で上げていた大きな手に、不意に中心をやんわりと包み込まれ、光は悲鳴を上げた。熱を孕み、こらえきれない涙を零していたそこを、小次郎は殊更ゆっくりと撫で上げる。悦楽に震える身体を、光自身に教え込むように。
「やッ……やああッ………小次郎ッやだあッ」
 初めて出会った時の、気の強そうな瞳の色は既に影を潜め、ただ初めて与えられる快感に堪えきれずに、その瞳に涙が溢れる。どうしていいのか解らない感覚に、恥ずかしさを感じる暇さえなく光は泣きじゃくりながら小次郎にしがみついた。
「光……」
「ふッ……こじろお…あ、ん……ッ」
「気持ち、いいだろ?」
「……あッ………これ……?」
 これが気持ちいいって言うの?そう訊きたいのに言葉を上手く紡げない。その間にも小次郎の指が、唇が、至る所に快楽を刻み込んでいくから、尚更だ。
「解ん…な……い………よッ、そんな……のッ」
 だって本当に解らないのだ。身体中を埋め尽くすこの熱量の意味なんて、知らない。
 その言葉に小次郎は小さく笑って、胸元の紅い飾りに歯を立てた。
「あんッ……やッ!」
 反り返った背を抱き寄せ、それまでの緩やかだった光自身への愛撫を激しくしてやると、光は悲鳴を上げて小次郎の背に爪を立てる。小さな痛みを、けれど気にする事無く、一気に小次郎は光を追い上げた。
「やあああああッ!!!!!」
 一際高い嬌声を零し、小次郎の手の中で果てた光の身体は、その余韻に浸るかのように小さく痙攣している。急激に与えられた快感に、感情はまだ追いついてきてはくれないらしく、荒い呼吸を繰り返して、けれども引き離される事を怖がっているかのように小次郎の背に回した手の力が緩む事だけはなかった。
 首筋で零れる光の吐息に、小次郎の情欲も煽られていく。
「光……」
 耳朶を甘噛みしながら囁くと、それだけで光の細い肩が跳ね上がる。
 鋭敏な反応に気を良くしながら、小次郎はゆっくりと光の背を撫で上げた。
「ぁんッ……こじろッ」
「………我慢しなくて、いいから」
 何を?と訊けるだけの余裕は、既にない。何かを言葉にしようにも、口から零れるのは意味を成さない吐息と、自分を追い詰める目の前の男の名前だけだ。
「此処……どうだ?」
「いやあああぁぁッ」
 知らずひくついていた入口へと、光の残骸で濡れた指を差し入れると、途端に悲鳴が上がる。敢えてそれを聞き流し更に奥へと進めると、しなやかにその背が反り返る。
 元々は敏感な性質なのだろう、僅かな愛撫で乱れる光が、それでも過去の交わりで快楽を拾い上げた事がないという告白を思い起こし、小次郎は僅かに眉を寄せた。どんな扱いを受けてきたのか、それを思うだけで憤りが込み上げてくる。
「………護るから」
「あッ…な……に?」
「どんな事からも。……お前を傷つける事全てから、お前を護るから。だから、自由になっていいんだ」
「………なに?解……んな…い」
「……難しい事は、後か」
「だッから……なに言っ……て…解ん……ないッて…ばッ!」
「……………まあこの状況で、冷静に考えられて理解されても、困るけどな」
 そう呟き、それからそれまで黙って埋めていただけの指を急激に蠢かせる。途端に、甘く掠れた嬌声が零れ落ちる。
 きつく締め上げてくる内襞に、小次郎は気を逸らせようと胸元を舐め上げた。
「あんッ」
 次から次へと与えられる感覚に、光はもう本当に、どうしていいのか解らなくなっていた。ただ、必死で、与えられる快感に置いていかれないよう、小次郎の背に縋り付く。
 異物感に萎縮していた其処が、次第に柔らかく指を包み込むようになってきたのを見計らい、小次郎は埋めていた指を増やした。
「やッ!」
 そう零しながら、けれども身体は正直に快楽に打ち震える。
「小次郎ッ」
「此処が……良いんだろう」
 クッと指を折り曲げると、光の身体が跳ね上がる。
「あんッ」
「……光…」
「んッ……こじろ……もッやあッ」
 じわじわと身体を覆いつくす快楽に、光はそう音を上げる。
 身体の奥深くが疼いて、どうしていいのか解らない。触れている小次郎の肌の熱さに、全てを奪い尽くされていくようで、どうしようもない不安と……でも同時に覚えるのは、何もかも投げ出して彼に奪いつくされたいという願いだ。
 これが快感だというのなら、もっと、もっと強くそれを感じたい。
 自分を救い出してくれた彼の熱を全て取り込んで、一つに溶けてしまえたら、どんなに良いだろう。上手く思考の結べない中で、それでも光はそう願う。
「こじ………ろうッ」
 もっと、もっと、強く。彼を感じたい。彼の熱を、全部。
 上手く言葉に出来ない、いや、思考にすらならないその思いを、けれど伝えたくて。そう思っている事すら上手く認識出来ていないまま、けれど光は求めるままに小次郎の名を呼び、そして優しく見下ろしてくる彼の唇に、自分の其れを重ね合わせる。
 瞬間驚いた様に光を見下ろして、それから小次郎は拙い口付けに応える様に深く唇を重ね合わせる。招き入れるかのように薄く開かれた唇に応えその舌を絡め取ると、待ちかねていたかのように光が応えてくる。
 その間にも、後ろを犯した指は本数を増やし、蠢いては光を快楽に狂わせる。
「んッ……」
 微かに零れる吐息が、潤んだ瞳が、小次郎を誘い込む。
 最初の頃の怯えが姿を消し、素直に快楽に身を委ね始めた光に、小次郎は気を良くしながら、離した唇を鎖骨に滑らせ歯をたてる。
「んんッ」
 微かな痛みに零れ落ちた声は、けれど次の瞬間には悦楽に酔う吐息に変わる。刻み付けた紅い印を舐め上げて、それから小次郎は埋め込んでいた指を引き抜いた。その感触にすら鋭敏になっている光には堪らない刺激だったのか、その唇からは悲鳴が上がる。
「やあッ……小次郎ッ」
 中途半端に投げ出された快楽に、光は無自覚に悲鳴を上げて小次郎の背に縋り付く。
 熱く疼く最奥。満たされない熱に、気が狂う。
 もっと、感じていたいのに。もっと、彼の熱が欲しいのに。
 ポロポロと零れ落ちる涙を、小次郎の舌が掬い取る。頬を辿るその感触に、ようやく光は自分が泣いている事に気がついて、でも涙の理由なんて解らなくて、止めようにも止まらない涙に混乱する。
 一気に押し寄せた感情の波に、思考は完全に置いてけぼりをくらってしまっていた。
「光……少しだけ、力抜いてろ」
「………え?」
 それでも囁きかけてくる小次郎の言葉に、必死で思考を現実へと引き戻す。が、それも一瞬でかき消された。
「いやああああッ」
 すんなりと伸びた白い脚を抱え上げ、小次郎の猛った雄が光の内側を喰い尽す。比べ物にならないその熱に、光は堪らず悲鳴を零す。ガクガクと、身体が震えた。痛みと、けれど、それ以上に内から焦がす彼の熱に眩暈がする。
「こじ……ろうッ」
 壮絶なまでの快楽に、光はとうとう考える事を放棄した。何もかもを忘れ去り、ただ与えられるその快楽に、熱に、優しさに、そして身の内から湧き上がる愛おしさと、激情に、為す術も無く巻き込まれる。
 突き上げてくる小次郎に、光は必死で縋り付いた。与えられる快楽をほんの僅かでも逃さないように。彼の熱を取り零さないように。
「あんッ……あッ………ひあッ……んッ」
 激しく求める小次郎に、知らず応える様に細い腰が蠢く。その媚態に煽られるように、求める小次郎の動きも激しさを増す。
「光……」
「あッ……やッ…こじろおッ、もッダメッ……壊れちま…ッ」
 その声に、小次郎は既に固く張り詰めて涙を零す光自身を更に煽るように、きつく握り込んだ。
「やあああッ!!!!!」
「いいよ、光……我慢なんてしなくていい……イけよ」
「ひッ…ああッ………やッ……ああッ」
 言葉と共に激しさを増した律動と、そして下肢への愛撫に、光は悲鳴にも似た嬌声を上げ、その熱を開放させる。きつく搾り取るような光の内に、小次郎も己の熱を放つ。
 最奥にその熱い迸りを感じながら、きついくらいの愛撫から開放された光の意識は、信じられない程に穏やかで、満ち足りた眠りへと沈んで行った。傍らにある、初めて触れた温もりを感じながら……。



「……う………ん…」
 意識を引き上げる、僅かな眩しさに、光は小さく寝返りをうつ。再びまどろみかけた意識が、けれど普段と違うその質感に、呼び戻される。
「……え?」
 ふわふわと自分を包み込む、ベッドの質感。見慣れない天井、そして常ならぬ傍らの温もり……。
「おはよう、光」
 見上げた先にある、穏やかな小次郎の笑顔。耳に心地よいテノール。
「……こじろ…」
 半ば呆然と呟かれた己の名前に、小次郎は微笑う。
「どうした?」
「………なんでも、ない」
 そう答えて、光はそのまま小次郎の腕の中に潜り込んだ。
 夢じゃない、と。
 唐突な自分の行動に、けれど微笑んだまま抱き締めてくれた腕の温もりに、そう思う。
 包み込んでくれる、その温もり。ただそれだけの事に、酷く安心する。凍えていた何処かが、ゆっくりと満たされて溶けて行く。
不意に零れ落ちた涙を気付かれたくなくて、けれど滑り込んだ先、小次郎の広い胸元を濡らした其れに気付いた小次郎の腕が、光の頬を撫で上げる。温もりに促されるように顔を上げると、それだけで満たされる程の優しい笑みに、胸を鷲掴みにされた気分になる。
そして与えられた優しい口付けに。光は満ち足りた気持ちで瞳を閉じる。
恋しくて恋しくて、それでも叶わない想いに独り泣いた夜は、もう終わるのだ。今、この瞬間に。
「………小次郎」
「うん?」
「……大好き」
 そう呟くように囁いて、華が綻ぶ様に微笑んだ光に。
 優しく微笑み返しながら。腕の中の細い身体を、小次郎は大事に大事に閉じ込めた。










                                                03/08/27 UP



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■………なんなんでしょうか、一体この話………;;
  はい、ひたすら、この頁が辛かったです………(T-T)
  とにかく書き慣れない、そして苦手なエロ………ある意味拷問……。
  ならば書かずとも良かろうに何故こんな、
  (恥ずかしさで)悶えそうな文章を書き連ねておるのか……。
  そこはやはり、必要なんじゃないか、と思ったからです。
  言い訳っていうか、解説っていうか、そういうのある意味不本意なんですが。
■光は本当に、生きる手段として『売り』を身に着けてしまって。
  だから、SEXに快楽があるなんて事も、愛情を覚える為の行為の一つだとも、
  全く知らないで生きてきたのです。
  だから『売り』を悪いことだとも後ろめたい行為だとも思ってなかった。
  故に、光は精神的な部分では真っ白で、処女なんですね。
  だからこそ余計に、愛される手段としての行為を知って欲しい、と。
  小次郎に、愛される事で、満たされて欲しい、と。
  この、おバカな作者は、思ったのでした。
■あああああ、何か、こんな解説入れるのって見苦しいですね……;;
  その上、苦しんでるわりに……別にエロくないし……。
  ええーと、ええーと……読み流して下さい……;;