大体にして。 若島津は胸中で、そう呟く。 あいつは自覚が足りない。 そう呟く自分に、同時に何を言ってるんだ、俺は、そうも呟く。 俺は別にあいつの保護者じゃない。 なのに、こうも世話を焼く自分を、その意味を。考えたくは、ない。 ……答えなんて、とっくの昔に出ている、その意味を。 「いらっしゃーい」 その声に、いらっしゃいました〜とかなんとか応えながら、一樹はとことこと歩みを進め、その隣に腰掛ける。 「おなか空いた〜」 「へいへい」 呆れを装った、けれど、本当はそれを待ちかねていたような、そんな応えに、一樹はふふふと微笑んで、その手元を覗き込む。 「しっかし、一樹ちゃんよ。こんなところに来てて平気なのかね」 「えー?」 「だってアレだろ、俺等、お前の保護者様には激しく毛嫌いされてっだろ」 その言葉に、あはは〜と一樹は笑う。 「保護者ってなにそれー」 「いやアレは立派な保護者だろ」 「そう?」 言いながら、まあそう言われても仕方ないのかなぁと、そうも思う。 「オレってばそんな手のかかる子かなあ」 「自覚ないんかい」 「厄介な」 「えー?そうは言うけど、オレってば結構優秀な子だと思うんだけど〜?」 「優秀って言うか、要領いいってだけだろ。世渡り上手っていうか」 「ほら優秀じゃん」 「自分で言うな」 「まあ保護者様に毛嫌いされるのも分かるけどな〜」 「そう?」 「そりゃあ、大事な大事な一樹ちゃんが、俺等みたいな素行の奴と一緒にふらふらされるのは、心配極まりないだろーよ?」 「えー?」 確かになぁと頷くもう一人の言葉に、一樹はそうかなぁと零す。 その、そうかなぁは一体何処にかかってるんだかな、この子は。 「ま、そうは言っても、俺等にとっても一樹ちゃんは大事な子だからねぇ。譲ってはやんないけど?」 そう言って笑う二人の先輩に、一樹はえー?と言いながらも満面の笑み。 保護者だとか、手がかかるとか、そこら辺はあまり納得出来ることではないのだけれど、この先輩達に構われるのは大好きなのだ。 彼等曰くの保護者様、つまるところの、若島津が、なぜ彼等を毛嫌いするのか、実際のところ一樹にとっては謎でしかない。 いやまあ確かに、彼等自身がいうように、先輩方の素行が、あまりヨロシクないのは事実だけれど。でもヨロシクないとは言うけれど、別に悪いことに手を出しているわけではなく、ちょこーっとばかり授業の出席率が悪くて、ちょこーっと髪の色が目立つってくらいなのだ。 なにより実際問題として、これで彼等学年十指に入る成績の持ち主なのだからして。 そして、小等部からの大事で大好きな幼馴染みで先輩なのだ。 「ほい、どうぞ」 「わーい!」 差し出されたのは、重箱に入った弁当。重箱?!と驚いた一樹に、3人分なんだからしょうがないだろ、と端的に応えられたときの衝撃を思い出し、毎回一樹はふふふと微笑んでしまう。 「いっただきまーす」 いっそ無邪気なまでにそう言って、むぐむぐと頬張る一樹に、見守る二人も笑顔になる。 こんな風に無邪気に懐いてくれる幼馴染みを、放っておけるはずがない。どれだけ、保護者然としてしまっている輩に睨まれたとしても。 そもそも。 彼が自分達を毛嫌いする理由は、自分達の素行だけではないことも十分に承知しているのだ。 それは、見当違いな理由ではあるけれど。 ま、一樹が相手だから、そうなるのも分からなくはないけどな。 この幼馴染みの自覚のなさは、激しく天然で、だからこそ最強だ。 自分がどれだけ人目を惹くかを全くもって理解していない。 それはまあ、一樹の立場上というか、環境上というか、そこから鑑みれば『え?オレのどこが?』と言い放ってしまうのも無理はないのかもしれないとは思うけれど。 だからこそ、奴が俺等のこと警戒して目の敵にするってのも、確かにわからなくもないんだけどさ。そう考えながら、水筒の中からコポコポと注いだ味噌汁なんかを一樹の目の前に差し出す。 「やった、豆腐とお揚げ!」 「ほんっと好きだな、一樹はこれ」 「ちーちゃんだって好きでしょー、お揚げ。お稲荷さん大好物のくせにー」 「そうだよなぁ」 「るっせ。っつか、一樹、いい加減ソレやめろって」 「それ?」 「呼び方」 「えー。ちーちゃんはちーちゃんだし、まぁちゃんはまぁちゃんでしょ」 「いや確かに、まぁはそれでいいかもしれんが」 「どういう意味それ」 「違和感ない」 「あるだろ、いい加減」 「それだったら、オレの一樹ちゃんもどうにかして?」 「別にオレはまぁちゃんヤメろって言ってないから問題ないことない?」 「そゆ問題?」 「オレ的には」 「だったらいいじゃん」 「いや待て、それは真咲の話であって俺の話じゃない」 「まあこんだけガタイのいい男前に、ちーちゃんってのは笑えるよな」 「でもちーちゃんはちーちゃんじゃん」 「諦めな、千博。言い出したらきかないよ、この子は」 「まぁちゃん、お味噌汁お代わり」 「はいはい。ほら、ちゃんとコッチのおかずも食べる」 「まぁちゃんお母さんみたい」 「お前の保護者は若島津だけで十分だろ。せっかく作ってきたの残されたら泣くよ、オレは」 「わー、まぁちゃん泣くの見たことないから見てみたいかも」 「泣く前に角が生えるの必至だから、いいから食え一樹」 「はーい」 そう言って、指し示されたおかずに大人しく手を伸ばす一樹に、真咲はよしよしと頷いて、自分と千博の分の味噌汁も注ぐ。 小さい頃からこうやって甘やかしてきた幼馴染みが、自分達以外の誰かに懐くのは正直言って、彼等にとっては面白くない話なのだ。けれどソレを、一樹の進んでいく道だからと許容し、譲歩しているのだから、たまのこんな時間ぐらい許せってんだよ、保護者様。 そんな風に思いながら、真咲はいそいそと一樹の取り皿におかずを次々と盛っていく。偏りがないように、バランスよく。 「待って待って、まぁちゃん。そんなに一杯食べらんない」 「うるさいよ、体力が資本でしょーが今の一樹ちゃんは。しっかり食べる。美味いだろ?」 「それは絶対、まぁちゃんの料理は美味しいけど、でも限度はね?」 「いいから、はい、アーン」 そう言って口元に差し出された唐揚げを、条件反射でパクリとしてしまった自分に、あぁもうホント敵わないなぁと思いながらモグモグとしてた、そんな時。 バタンッと勢いよく開いた屋上入り口の扉に、3人は目を丸くする。 「やっぱり此処だったか」 「あれー?健ちゃん?どうしたの?」 「どうしたじゃないだろう。お前、部会」 「え?部会?」 キョトンとした次の瞬間、一樹は大きな瞳を更に大きくする。 「え?」 「部会って、おい一樹、お前来週って言ってただろ」 「え?うそ、今週だった?え、本当に?」 言いながらも、はあぁと大きな溜息を零した若島津の反応に、自分がすっかり覚え違いをしていたことを、ようよう理解する。 「うっそ、ほんとに?!え、うそ、え、ちょっと待って、え、もう終わったの?」 時間的な事を考えると、もう終わったという事なのだろうけれど、そう確認せずにはいられない。 「時間切れで続きは明日の同じ時間になったけどな。ホラ、資料。ちゃんと目を通して、明日に備えてろ」 「あ、うん、それは、うん、ちゃんとするけど、あのでもゴメン、オレ来週だとずっと思ってて」 「……それは理解した」 「う、ごめん」 シュンと項垂れた一樹に、若島津は内心で苦笑する。 その表情だけで、わざと彼が部会をすっぽかしたわけじゃないのは十分すぎるほど分かる。そしてなにより、部会のことを聞いた瞬間の、同席した2人の上級生の反応が、それを物語っている。 この東邦にあって珍しいとも言える、いわゆる素行に問題があると言われるだろう部類の彼等が、それでも一樹の行動に対しては細心の注意を払っているのだろうことは、若島津とて十分承知しているのだ。 そんな彼等がおいそれと一樹に部会をサボらせるようなことをするはずがない。 それは分かっているのだが、部会に姿を現さなかった一樹が、予測どおりここで彼等と昼食を取っていたという事実は、正直面白くはない。 「まあ、きちんと確認してなかった俺も悪い」 若島津はそう言いながら、手にしていた資料を一樹に差し出す。 「今度から、朝練の時に一言掛ける」 「う、ごめん、でもお願い」 一樹はそう返しながら資料を受け取った。 それでなくても若島津が、2人の先輩達と一緒するのを快く思ってないのは明白で、だからこそ部会だとかの仕事には一切支障はきたさないから問題ないでしょと、そうやって説得してきているのだ。なのに、うっかり自分の勘違いの所為でサボったのを、先輩達の所為にされたりしたら堪らない。 「あ、でも、ごめん」 「ん?」 「ごめんついでに、確認声掛け、前日にしてもらえない?」 「どうして」 「だって、朝に分かったら、まぁちゃんにお昼一緒できないって言った時には、もう準備しちゃってるかもしれないし」 「………………分かった」 「ほんと?ありがとー。あ、健ちゃん、お昼は?もう食べた?まだなら一緒しない?まぁちゃんのお弁当、美味しいんだよー」 ちょっ一樹なに言い出すんだー?!とは、ちーちゃんまぁちゃん幼馴染み組の心境だ。 なんだってせっかくの一樹独占ランチタイムに、恋敵ならの家族敵?の若島津を迎え入れねばならぬのだ。 「これとかねー、超美味しいの!」 見て見てとばかりに一樹は若島津の前に、皿を差し出す。 と、若島津の片眉がピクリと上がる。 「健ちゃん?」 「これ………」 言いながら、若島津は思わずまぁちゃんこと藤崎真咲先輩とやらを見遣る。派手な髪色に誤魔化されがちだが、穏やかな表情の持ち主である彼は、若島津の言いたい事を理解したのか、にんまりと笑って見せる。 「美味そうだろ?オレの自信作で、一樹ちゃんの大好物だもんな?」 後半の言葉は一樹に向けられたもので、一樹は満面で頷いた。 なるほど、と。ほんの少しだけ、若島津は彼等2人への印象を書き換える。 これでいて実のところ好き嫌いの多い一樹の、そのなかでも1、2を争う嫌いなものがグリーンピースの筈なのだ。それが隠れもせずに入っていて尚且つ本人が美味しいと勧め大好物だと認めるだなどと、驚異以外のなにものでもない。 それだけでも、彼等が一樹という存在を、ただ甘やかすだけではなく、それでも大事にしているのだろうことが見て取れる。 ……だからといって、許容出来るかというのは別問題だけれど。 「はい、健ちゃん。あーん」 と、不意の声に見遣ると、その一品が目の前に差し出されていた。 「美味しいから。ね?」 無邪気な声に、若島津だけではなく、一樹の後方にいる2人までもが盛大な溜息を、零す。 「え?なに?なんで溜息?美味しいよ、本当に?」 「あーはいはい」 若島津はそう返すと、そのまま一樹の手を掴み、そうして差し出されたそれを口の中へと持っていく。 驚いたように手を引っ込める一樹に、小さく苦笑しながら若島津は口の中の物を飲み込んだ。 「ね?美味しいでしょ?」 我に返ったように一樹がそう尋ねてくるのに、ああそうだな、と短く返し。そうして。 「ご馳走様でした」 そう言うと、若島津は踵を返す。 「健ちゃん〜?」 「さっさと飯食って教室戻れよ」 ひらひらと手を振って屋上を去っていく若島津に、もうなんなのアレ、と一樹は小さく首を傾げ。それでも。 「時間なくなっちゃう!ご飯ごはんー」 などと声にしてから振り返る。 と。 「?どしたの、ちーちゃん、まぁちゃん?」 渋い顔をした2人に一樹はそう小首を傾げる。 「一樹」 「ん?」 「お前、ほんと、アイツには気をつけろよ?」 「へ?」 「アイツ、俺等のことガンガンに警戒してやがるくせに、一番危険人物は自分だって言ってるようなもんじゃねぇか!それともなにか宣戦布告かコラ!」 「え、なに?どしたの、ちーちゃん?」 「どしたのじゃないよ、一樹!いまの一樹だってちょっと分かったんじゃないの?!」 「え?なに、まぁちゃんまで、どしたの、一樹呼びになっちゃってるよ?」 「つっこむところソコじゃないから!」 誰がなんと言おうと俺等は断固として戦うぞ若島津貴様! 俺等の可愛い一樹をお前なんかにくれてやれるものか! 幼馴染みの突如として固まった決意に、勿論一樹が気付くはずもなく。 なんだろどうした?そう思いながら、パクンと一樹はおかずを口の中に放り込む。 一瞬、掴まれた手の感触が蘇った、のは気づかなかったことにして。 |