「かーずき。落ち着けって」
 光はそう言いながら、うろうろとキッチンの中で落ち着きのない一樹に苦笑した。
「だって」
 そう言いかけて、けれどそれ以上を繋げないまま、なのに一樹の手は料理を進めているのだから、大したものだと光は一人感心する。
 けれど、ここまで落ち着きのないというか余裕のないといか? ともあれそんな様子の一樹は初めてのことなので、感心しつつも同時に物珍しくといった風情で、光はキッチンの中の一樹の様子を観察することにする。
「それ、何作ってるんだ?」
「え? あ、うん。時間もないし、人数も多いし、簡単にパスタにしよっかなって。ちょうど昨日トマトソースたくさん作ったし」
「え、トマトソース?」
「うん。え、なんでそんなびっくりするの」
「作れるのか、あれ」
 光の中ではトマトソースは缶詰を買ってきて使うものなのだ。いやでもそういや、小次郎の家でも見かけたことねえな、あの缶詰。なんだ、世の中料理する奴にとって、あれは買うものじゃなく作るものなのか?
 などと変なところにこだわって唸っているうちにも、一樹の食事の支度は進んでいく。
「超定番、で悪いんだけど。光ちゃんも日向さんお茄子嫌いじゃないよね?」
「おう。やっり、じゃあ茄子のパスタか」
「あ、良かった、大丈夫?」
「だいじょぶだいじょぶ、むしろ大歓迎」
 光がそう答えると、ようやく一樹の表情が綻ぶ。
 その様子に、相当、向こうの様子が気になってるのだろうなと、光は小さく苦笑する。
 まあ、仕方ないか。
 一樹としては本当に、ちょっとしたそうなんというか世間話的なつもりで口にした大好きな幼馴染のことが、こんな風になんの予告もなく小次郎が訪れるような事態に発展するなどと思ってもいなかったのだろうから。
 けれどことこうと決めた場合の日向小次郎の行動力というかなんというか、は、本当に唐突で強引なのだ。
「一樹」
「ん?」
「大丈夫だよ」
「え?」
「子供じゃないんだ。ちゃんと話さえしたら、収まるところに収まるさ。小次郎の希望通りだろうと、そうじゃなかろうと。あれでもいっぱしの経営者だ、引くところはちゃんと引く。心配しなくても、悪いようにはならないさ」
「……ん」
「だから今はそれに集中な。うまい昼飯、食わせてくれよな」
「うん、それは勿論。あ、ねえチーズも入れていい?」
「大歓迎」
「良かった、じゃあ入れるね」
 そんな風にして、丁度食事の準備が整う、そんな頃。
 ガチャっと、家の扉が開く音。
「お。無事話が付いたみたいだな」
 光のその声に、エプロンを外しかけていた光はその手を止め、慌てて玄関へと向かう。と、それより早く、リビングへとつながる扉が開く。
「ッ! お帰りなさいッ」
「ただいま」
 出迎えの声に、健はそう言って穏やかに笑んだ。それに一樹が安堵の表情を浮かべたのを見てとって、こっそりと光も、そして健の後ろから室内に入ってきた小次郎もが、同じように安堵の息をつく。
「美味そうな匂いだな」
 小次郎の声に、一樹は慌てて小次郎に向き直った。
「いらっしゃい日向さん」
「おう、邪魔するぜ。いい匂いだな」
「ありがと。料理プロ並みな日向さんにご馳走するなんて無謀もいいとこだけどね」
「んなこたねぇだろ、こんだけ美味そうな匂い充満させといて」
「お世辞なんていうんじゃなかったーって言っても知らないから。あ、でもね、丁度いま出来たところなので、不味くなるまえに即行食べちゃって下さい!あ、ちゃんと手を洗ってきてからね!健ちゃんも!」
「はいはい」
「あ、光ちゃん、光ちゃんはもう即行食べちゃって!二人またなくていいから!出来立てのうちに!」
「シェフの許可があるなら、そりゃあもう喜んで」
 そんな風に、なんとも不思議な昼食の時間とあいなるのだった。