誘惑の未来



「飛影?」
「………何だ」
 うとうとしかけていた飛影は、心地良いまどろみから自分を引き戻した諸悪の根源を、恨みがましく睨みつけながらも、そう返す。
 腕の中の飛影の、その返事に。蔵馬は小さく微笑んだ。
「…………何だと言ったんだ」
「いえ、別に何でもないんですけどね。ただ、もう眠ってしまったのかどうか確かめたかっただけです」
「……そのせいで、目が覚めた」
「それは……悪い事をしましたね」
「………ふん」
 飛影は短くそう言って、再び目を閉じる。
「ねえ、飛影」
「だから何だっ」
「どうして人は、人を愛しいと思うんでしょうね」
「そんな事、俺が知るかっ」
 人の眠りを邪魔してまで訊く事がそれか?!
 内心でそう憤っている飛影に、蔵馬は小さく苦笑した。
「機嫌悪いですね」
「誰の所為だと思ってるんだ貴様はっ」
「そうですね。すみません」
「いちいち謝るなっ」
 余計に腹が立つ、そう付け加えた飛影に、蔵馬は再び苦笑して。
「…………大好きですよ、飛影」
「何でいきなりそうなるんだっ」
 脈絡のない蔵馬の言葉に飛影はそう声を上げ。そのままフイッと蔵馬から視線を逸らした。
「大好き。愛してます」
「知らんっ」
 尚も言い募る蔵馬に、飛影は短くそう返す。その答えに、それでも蔵馬は微笑んだ。
「……何が可笑しい」
「いいえ?」
 憮然とした表情で自分を睨む飛影に、蔵馬は微笑を浮かべたままそう返す。暫く無言でその顔を睨みつけていた飛影は、けれど一向に顔色を変える事の無い蔵馬に諦めた様に溜息を一つ、零す。
「…………ったく。相変わらず貴様の行動だけは解らん」
「そうですか?」
「そうだっ」
「酷いなあ………」
 飛影の言葉にそう答えながらも、蔵馬はクスクスと小さな笑い声を零す。
「でもね、飛影」
「……何だ」
 と。不意に笑みを収め、真っ直ぐに自分を見つめてくる蔵馬に、飛影は短くそう返した。
 常に人をはぐらかすかの様に如才ない笑みの仮面を纏った蔵馬の、不意に見せるその真摯な表情に、本当の所かなり弱い。短い一言しか返せなくなる程に。
 僅かに強まった、自分を閉じ込める腕の、力。その腕を撥ね退ける事が出来なくなる程に。
「これだけは本当ですから、信じて下さい」
「だから何だと言っているんだ」
「貴方を愛してる」
 囁かれた、その言葉に。
 内心で飛影は諸手を上げる。
 この状況で、そんな風に真剣に告げられてしまえば、逃げる事すら出来なくなる。
「……………………………………知ってる」
「え……?」
 だから観念した心境で返したその言葉に。蔵馬が呆然とした表情でそう返す。
「訊き返すな、そこでっ」
「いえ、だって…………」
 そんな答えは予想外だ。いつもの調子で撥ね付けられると思っていたのだから。
「もういいだろう?! 俺は寝るっ。これ以上邪魔をするなっ」
「解りました。お休みなさい、飛影。…………いい夢を……」
 ぶっきらぼうに返された言葉に、それでも蔵馬はそう囁いて。僅かに赤くなった飛影の目元に気を良くしながら、その額に軽く口づける。
「………邪魔をするなと言った筈だ」
「何か邪魔しましたか?」
 白々しくそう返す蔵馬に、飛影は内心暴れ出したい衝動に駆られながらも、なんとかそれを押さえつけ。
「……知らんっ。貴様もさっさと寝ろっ。貴様が起きていると碌な事がないっ」
 それでもそう荒げた声でそう告げると、やっぱり一向に堪えた風のない表情のまま蔵馬は腕の中の飛影を包み込むように抱きしめる。
「はいはい解りました。お休みなさい」
 全く反省の欠片も見て取れない声でそう告げる蔵馬に、これ以上取り合うのは無駄だと諦めて、飛影は大人しく目を閉じた。本当は、この温もりの中で眠りにつくのが好きだ、なんて。きっと一生自分には言えないけれど……。

 それから暫くして、軽い寝息が聞こえてきて。
「………早いな。飛影……?」
 思わずそう呟く様にその名を呼ぶが、答える声はない。
「熟睡に入っちゃいました?」
 言いながら、蔵馬は笑みを零す。
 無防備なまでの、あどけない寝顔。こんな風に彼が自分の側でまどろんでくれる様になったのは、一体何時からだったろう。
 きっと無理だと思っていた事が、今こうして現実として間の前にあるという事実。そこから派生する幸福感と……そして不安感。
 ねえ、飛影。俺達は何時までこうして一緒にいられるんでしょうね?一体何時まで…………。
 それでも。少なくとも明日は一緒に迎えられるだろうから。
 ねえ?飛影………。
 この命続く限り…………。どうか貴方の側に、居る事を許して下さい。



 いつ別れが訪れるか、判らない様な日々だけれど。
 だからこそ確かに、別れを恐れているけれど。
 それでも。一緒にいるのだと、そう願っているから。

 一瞬後に、共にあるのか。それとも。離れているのか。
 誰にも判りはしないから。
 いっそ、このまま。時が止まれば、そう思うけれど。

 待ち構えているのは。
 恐れと、希望。混ざりあう、未来。
 裏切られるかもしれない未来。けれど、それでも俺達は目を覚ます。
 そう、未来を信じて。

 恐れと、希望。混ざりあう未来。
 そう、それは。


   ────誘惑の未来…………


                                  03/02/05 UP




■と、言う事で。姑息手段の作品UP第2弾(笑)
  (ってか、そんな話ばっかかい、ウチのサイト……)
■タイトルは荒木真樹彦氏の曲から。
  CMソングだったですよ!マツダ・LANTISの!
  初めてTVで聴いた時は吃驚しましたねー。
  そうタイアップ曲だったのよ!なのに何で認知度低いの荒木さん?!
  ……論点ズレてます……。
■とにかく曲のイメージから出来たお話です。
  表紙に描いた蔵馬が珍しく気に入っていた本でした。
  ってか、他に書く事無いのか自分、この話に。
  ……ないんです。言い訳しようにも出来ない、そんな話……(T-T)