砂漠の果樹園



「何だって君はそう、周囲から反感を買うような事ばかりするのかね」
 今まで幾度となく聞かされた言葉が、再び目の前の老人の口から零れる。うんざり、といった態の彼に対して、こっちこそいい加減にうんざりだと内心で呟きつつ、けれどとりあえず口を閉ざす事を選択する。
「黙りかね?」
 それこそいつもの事だろう、と思いつつ、更に沈黙。
 答えても答えなくても同じようにウダウダと言われるのならば、口をきくエネルギーを節約するのが健全ってモノだ。
「全く君は一体どうしたいのだね?確かに成績は優秀であるかもしれんが、これだけ周囲との協調が取れないと云うのは問題だよ。著しく研究の進行に影響が出る」
「お言葉ですが、たかだかあれ程の論議を交わしただけで、自分の研究に影響が出る方がどうかと思いますが」
「君はアレを論議と言うのかね」
「他に言い様がありますか?」
「あれは単なる批判だろう?!」
「本来そう云った物をも含めた物が、論議と言うのではありませんか?」
「限度と言う物があるだろう!」
「少なくとも私に限って言えば、範囲内のつもりですが」
「とにかく!少しは慎みたまえ!これ以上騒ぎを起こすのなら、こちらにも考えがある!」
「どうぞ御随意に。少なくとも私には、過度のストレスを溜めてまで此処に留まるつもりはありませんので」
 全くもって毎度毎度同じ展開の会話に嫌気が差してくる。
 切り札のように言い渡された言葉は、既に幾度も繰り返されているモノで、その実一度も行使された事がない。別にだからといっての返事では勿論ないが、どちらかと言えばこっちの言葉の方が切り札に近いのだろう。
 そう思うと実に馬鹿馬鹿しくて、笑えてくる。
 研究と、そして研究所の運営の為に。失えない人材に対してのせめてもの抵抗手段が、このおままごとの様な説教だって言うのだから。
 結局は我が身可愛さの振る舞いに、一体どれだけの嫌悪感を覚えてきた事か。
 来る所間違えたかなー、と。これまたもう幾度も思ってきた事を胸中で呟いた。
「それだけでしたら、もう失礼しても宜しいですか?それこそ研究の方に遅れが出ますので」
 そう告げると返事も待たずに踵を返す。
「失礼します」
 殊更にこやかな笑みを顔に貼り付け、そう言うと。尚も言い募ろうとする所長を無視して、部屋を出た。
「全く……研究の遅れを気にするくらいなら、こんな下らない事に時間を潰させるんじゃねえよ」
 腐っても所長の前だったから改めていた言葉遣いを崩し、そう吐き捨てる事でとりあえず溜飲を下げる。そして、そのまま真っ直ぐ研究室へと向かった。
 それでなくても最近余計な仕事にまで手を貸す羽目に陥っていて、自分の研究が滞りがちなんだ。これ以上時間を無駄にしたくないと思ったって、罰は当たらないだろう。
 道すがら幾人もの敵意に満ちた視線を頂いたが、勿論そんなモノは綺麗さっぱりと無視をして廊下を急ぎ、漸く研究室に辿り着く。
「ったく。わざわざ人が通るのを待ち伏せしてまで睨み付ける暇があるなら、少しはまともに自分1人で実験の1つや2つこなしてみせろってんだ」
 それも出来やしないくせに人を巻き込んで、挙げ句ミスを指摘してみりゃ上層部に告げ口かよ。低レベルな事この上ないね。
 胸中でそうぼやいて、それから手にしていた資料類を棚に収めると、再び外へ出る。扉を閉め際、壁の時計に目をやれば、予定の時間より1時間もの遅れを取っていた。
「あーもうッ、どうしてくれるんだこの時間ロス!」
 どうにもならない憤りをとりあえず口にして。それでも少しでもそのロスを補うべく、自室へとダッシュした。


 いささかくたびれたジープを操り目的地へ着くと、小さな人影が駆け寄って来る。
「遅いよーッ。1時間半の遅刻ー」
「悪い悪い」
 出迎えの言葉にそう苦笑しながら答え、車を降りる。
「ホラ、埋め合わせ」
「何ー?」
「色々。記録表は?」
「はい。特に変わった数値は出てないみたいだよ」
「サンキュ」
 手渡されたシートを手にして、目的地へと向かう。
 金網に囲まれた小さな果樹園もどき。其処が俺の実地の研究所、正しくは観察所、か。
「毎日毎日大変だよねー。オアシスからここまで往復してさー」
「仕事だからな」
「まあお陰で僕はお金貰えるからいいけどさ」
 笑いながらそう言って、後ろから歩いてくる蒼に苦笑する。
「その割には大揉めしてたじゃないか」
「まあねー。母さん心配性だしー、オアシス嫌いだからねー」
「まあ仕方ないとは思うけどな。俺も嫌いだし」
「そうなの?」
「嫌いだよ、本当は。でも他に方法がなかったからなー」
「何の?」
「研究する方法。オアシスにでも行かなきゃ手段がない。あと資金も」
「セチガライ世の中だよねー」
「……お前、どこで言葉覚えるんだ?」
「周囲の中に溶け込んで。大人ばっかりだからね」
「ある意味問題だな。俺みたいな問題児にならないようにな」
「それは平気。冬樹と違って要領はいーから」
「ったく、口の減らねえガキだな、相変わらず」
「仕方ないよ、冬樹が叔父さんなんだし」
「イチイチ言わなくても良い事まで言わずとも良し。姉さん元気?」
「元気だよ。今日も来る前に叱られてきた」
「何やったんだか。………ああ、良い具合に実が生ってるな。蒼、取って食ってないだろうな」
「しないよそんな事。改良中の果物なんて、怖くて食べたくないよー」
「正しい判断だな。俺ですら味の想像つかねえし」
「でも食べられないわけじゃないんでしょう?」
「そりゃあな。ただ結構弄くってるから、味の保証は出来ない」
 劣悪な環境下で育てようってんだから、今はまだ味は二の次だ。付属で美味くなってりゃ儲けモンって感じか。
「オアシスの研究所内で出来ないの?」
「何が?」
「実験。出来そうな物なのに」
「環境が違いすぎるな。実際の気象条件を再現するのは不可能だから、やっぱり外でやるのが一番良い。それに日がな一日あそこに閉じ込められるのも御免だ」
「…………そっちのが大きな理由っぽいけど」
「減らず口は禁止」
 そんな他愛もない会話を蒼と交わしながら、1本1本チェックをして行く。
「特に変わった所はなし、だな。昨日から今日の間で、天候に変わった事はなしか?」
「うん。今晩辺りは雨が降りそうだけどねー」
 蒼の言葉に、空を見上げる。
「………だな。蒼、この木の実、1つ取ってくれ」
「どの辺りの?」
「右上方」
 俺の返事を聞いて、蒼はスルスルと木へと登り始める。
「この辺?これで良い?」
「ああ」
「はい」
 ポイッと無造作に投げ落とされた実を受け取ると、降りてくる蒼を横目に果樹園もどきの隅に建っている小屋へと向かった。
「何?」
 そう言いながら駆け寄ってきた蒼は、当たり前のように隣の椅子に座り込み手元を覗き込んでくる。
「成分調査。糖度とかな」
「ふーん。それで食べれるかどうか判断するんだ?」
「そういう事。暫くかかるから、何か食べるか。蒼、車の中にボックスが積んであるから持って来な」
「うん」
 車のキーを投げ渡すと、蒼は頷いて戸外へと駆けて行く。それを見送ってから、俺は手にしていた果実をナイフで切る。
 と、戸外から呼び声。
「冬樹ー。何入ってんのコレーッ。激重〜ッ!」
「自分の体力不足を荷物の所為にするんじゃねえよ」
「違うだろーッ!僕と冬樹の体格差の所為だよーッ」
「あーはいはい」
 車の方から聞こえてくる蒼の言葉に仕方なく戸外へ出ると、四苦八苦といった風情でボックスを抱えている蒼の代わりに荷物を手に取る。確かに、大きすぎるか。
「さっさとデカくなれよ、お前」
「へーき。その内冬樹より大きくなる予定だから」
「どっから沸いて出てくるんだ、その根拠のない自信」
「だって僕、父さんにそっくりだって母さん言うからさー。だったら背も似ると思わない?」
「会った事もない義兄の体格を俺が知るかよ」
「そんなの僕だって一緒だよ。でも母さんがそう言うんだから、きっとそうなんだよ。だから僕はその内冬樹を追い越して、見下ろすんだからね」
「へーへー期待してるよ。蒼、コップ」
「もー人使いが荒いんだからー」
「るせえ。荷物運んでやっただろうが。いいから早く取って来いっての」
「はいはいはいー」
「はいは一回」
「冬樹に言われたくなーい」
「いーから早くしろッ」
「はーい」
 ったく、姉貴は蒼を甘やかしすぎだ。
 内心でそう呟きつつ、再び作業に戻る。
「うわー。相変わらず濃いなー、冬樹特製のカフェイン」
「人の趣向はほっとけ」
「誰も悪いなんていってないじゃん。はい」
「サンキュ。好きな物食ってていいぞ。今日はもうお前の仕事終了だからな」
「冬樹は食べないの?」
「俺の事は気にせずとも良し。残すなよ」
「これ全部ー?!も〜相変わらず食べない人だよねー冬樹はー。体もつの?」
「見りゃ判るだろ」
 そう答え、それから俺は作業に集中する。集中し始めた俺に迂闊に話しかけると怒鳴り上げられるのはとっくに学習済みだからか、蒼もそれ以上は言わずに大人しく食料に手を伸ばしている。
「…………まずまずって所か」
 ようやく人心地ついて呟くと、待ちかねたように蒼が近寄って来た。
「順調?」
「今の所は。まあ、不味くはないんじゃねえの?食ってみるか?」
「嫌だ。冬樹が食べた後なら考えてみなくもないけど」
「毒見かよ」
「当たり前でしょー。それに自分で作った物には、まず自分で責任持たなきゃ」
「へーへー。とりあえずもう少ししたら毒見だな」
 言いながらコーヒーに手を伸ばすと、はい、と蒼がコップを差し出す。
「すぐ帰っちゃうの?」
「うん?」
「最近本当にここと研究所の往復だけで、家に寄っててくれないんだもん、つまんないよ」
「仕方ないだろ。これでも研究所期待の若手一のホープなんだからさ」
「だからって休みの日だってあるんでしょ?だったら少しぐらいさ……」
「蒼、誤解のないように言っておくけど、俺は別に帰って来たくない訳じゃないんだぞ?」
「でも実際は全然帰って来ないじゃんッ!」
「それを言われると反論のしようもないけどな」
 そう言いながら俺は蒼の頭を抱き寄せる。
「正直言えば毎日だってこっちに帰りたいさ。でもな、俺にはやらなきゃならない事があるから」
「やらなきゃならない事って、要は研究だろ」
「そう。少しでも早く研究完成させて、で、少しでも沢山の人を助けたいんだよ。その為に俺はオアシスなんて所へ行ったんだから。それがなきゃあんな所へ行くはずがないだろ。頭でっかちの、不必要にプライドだけは高い連中の吹き溜まりの中に、誰が好き好んで行くもんか」
「………冬樹、本当にオアシス嫌いなんだ」
「言ってるだろ、昔っから。何だ?信じてなかったのか蒼は」
「だって戻って来ないから、オアシスの方が好きになったのかなって」
「バーカ、言ってるだろ?他に手段がなかったからオアシスに行ったんだって。研究が完成して普及のメドが立ったら、あんな所ソッコーで出てやるさ。俺の還る所は、蒼達の所だよ」
「………うん」
 素直に頷いて、それでも蒼は小さく口を尖らせて見上げてくる。
「でもたまには遊んでよ。つまんないよ」
「わーかったよ。明後日休みだから、明日はそのまま泊まって行くよ」
「本当?!絶対だよ?!約束だからねッ!」
「男に二言はねえよ。それよりホラ、残ってる」
「ムリだよー。食べきれるわけないだろーこんな量」
「食べ盛り育ち盛りが何言ってんだか。残ったら埋め合わせ分と一緒に持って帰りな。迎え、もうすぐだろ」
「え?もうそんな時間?」
「そんな時間だよ。あんまり姉さんに心配かけんじゃねーぞ?」
「冬樹もね」
「減らず口禁止っつったろ。ああホラ、来たみたいだぞ」
 戸外から聞こえたクラクションに、俺は蒼を促す。
「じゃあまた明日ね。約束、絶対だからね。忘れちゃ嫌だからねッ」
「分かったから、ホラ早く行けよ。忘れ物せずにな」
「うん。じゃあまた明日。お休みなさい」
「ああ、お休み」
 そう答えると、蒼は漸く荷物を手にして外へ出て行く。戸口まで行ってそれを見送ると、車の中から小さく手を振る人影。
「げっ」
 驚いた。
 それは、いつも蒼を送り迎えしてくれていた人ではなく、見間違えようもなく蒼の母親、つまりは姉貴、だった。
 驚嘆しているこっちの様子が知れたのか、車中で大笑いしているのが見えた。
 意外な事に蒼が驚いている様子がまるで見えないって事は、もしかしたら送りの車も姉貴だったのか?
 そう半ば憮然とした心境で見ていると、二人揃ってニコヤカに手を振ってくる。仕方なく振り返すと、漸く車がスタートする。土埃を巻き上げて去って行く車を、なんとなく呆然とした気持ちで見送った。
 ってか、あの人、いつから運転出来るようになったんだ車……大丈夫なのか?
「母は強し、とはよく言ったもんだな」
 そう呟いて、漸く戸内へ戻る。
 多分蒼の送り迎えの為に運転する事を決めたんだろう。あまり運動神経に自信がない姉貴にしてみれば、一大決心だ。
 等と感心しつつ、測定した数値を控え終え、オアシスに戻る準備にかかる。
 明日には久々に会う面々に、嫌になる程の説教やら何やらをくらう羽目になる、その事に多少気を重くしながら―――――。





■はい、なんだかよく分からないタイトルの、よくわからないお話になっちまってます(爆)
  このお話は入り口の蛇足にかきましたように、以前キリリク話として書いていた物です。
  有哉さまのキリリクで
  ※『追憶の果て』共通設定で※『オアシス』舞台
  ※エリート集団にいる若い主人公※その中でのちょっとした小競り合い
  なるお題の元、書き始めたのですが。
  …………何か凄く長くなりそう。とか思いまして(爆)
  お伺いをたてた所、別のお題を賜りまして、書き上げたのが『Oneday』でした(笑)
■しかし何故か本人この話が気に入ってしまったようで。
  書き上げたいなーと。
  で、結局こんな話になりました(笑)
  何だか、続くような〜続かないような〜、そんな雰囲気(笑)
  一応本人読みきりのつもりです。続きはまったく考えてないです。
  しかしちょっと本人気に入ってるので、機会があれば別のお話書けたらなーとか、思ってます。
  甘いかな(笑)



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