琥珀の日々 Ver.2
「リュー、リュー、ねえきいて」 昼を過ぎて家に戻ったアレクは大きな瞳を輝かせながらそう言って、昼食の準備をしていたリューの元へと駆け寄ると、その後ろ姿にしがみ付く。 「こら、アレク。ただいまは?」 その勢いに驚いて振り向いた彼は、何よりも先にそう嗜める。 「あ、ごめんなさい。ただいま、リュー」 「お帰り、アレク。それで、どうしたんだい?」 素直なアレクの返事に微笑しながらリューはそう言って、視線をアレクに合わせる為に身を屈めた。 「うん、あのねあのね、ウサギがいたんだよ」 「ウサギ?」 「うん。レイズがつれていってくれたの。おっきなウサギと、ちいさなウサギがいたよ」 言いながらウサギの大きさを手で示して見せるアレクに、リューは益々笑みを深くする。 「そうか。良かったね?」 「うんっ」 そう言って嬉しそうに頷くアレクの頭を軽くなでてやりながら、リューは少し遅れて入って来たレイズを振り返る。 「お帰り、レイズ。さあ、座って。ご飯にしよう」 「あ、はい」 「アレクも座って」 「はーい」 子供達の返事を聞いてからリューは立ち上がると、既に準備の整えられたテーブルに二人を着かせる。 いただきます、と嬉しそうに子供達が言うのにリューは頷きながら、ミルクの入ったコップをレイズの前に、それからはちみつ入りのホットミルクをアレクの前に置き、彼もまた席に着く。 「楽しかったかい?アレク」 美味しそうにパンを口に頬張っているアレクに、リューはそう尋ねる。 「うん!ウサギがね、かわいかったよ、すごく。ごはんが終わったら、こんどは川につれていってくれるって。ね、レイズ」 「うん。あと、野イチゴが一杯なってる所にも連れて行ってあげるよ」 「うんっ」 「それじゃあ途中でおなかが空いたりしないように、たくさん食べていかないとね、二人共」 「うん」 頷いたアレクにリューは微笑んで、それからレイズに向き直る。 「レイズも遠慮せずにしっかり食べて行くんだよ。こう見えてもアレクはちょこまかと動き回るから。目を離した隙に迷子にだってなりかねない」 「そんなことないよ!ちゃんとレイズといっしょに行くもん」 ムキになって口を尖らせるアレクに、リューとレイズが声をたてて笑う。ぷくうっと頬を膨らませるアレクに、リューはごめんごめんと謝って、クシャクシャとその頭を撫でる。 「でもね、アレク。気をつけていないと森は広いから。もしも迷子になってしまったらレイズが困ってしまうから、ちゃんと付いて行くんだよ?」 「だいじょうぶだもん。レイズが手つないでてくれるから」 「ああ、じゃあ安心だね。だったら後はしっかりとご飯を食べて行くだけだね。スープ、お代わりは?」 「いるー」 「レイズもお皿を貸してごらん」 「あ、はい」 そんな風に三人で昼食をとる事は、それからちょくちょく行われる、彼らにとって大事で楽しい一時になるのだった。 「ねえ、レイズ」 「ん?何、アレク」 川で少し遊んだ後、今度は野イチゴのなっている場所に向かっていた二人は、アレクのその問いかけに歩調を落とす事になった。 「あれ、何?」 そう言ってアレクが指さした方向を見たレイズは、ああ、と短く声を上げる。そんなレイズを、アレクは見上げると小さく首を傾げた。 「遺跡だよ」 「いせき?」 「そう。……見たい?」 「うん」 レイズの問いかけに、アレクは素直に頷いた。 木々の間に僅かに見えるその建造物に、何故か酷く興味を覚えてしまうのだ。何だか呼ばれている様にも思える程に。 「じゃあ野イチゴは今度にして、遺跡に行ってみる?」 「うん」 レイズの提案にアレクは再び頷く。その答えにレイズも頷いて、二人は急遽予定を変更し、遺跡へと足を向けた。 「足元、気をつけろよ、アレク」 「うん」 レイズに手を引かれながらアレクはそう答え、少しずつ姿を現し始めた遺跡に目をやった。 「おおきいね」 遠くから眺めていた時に想像していたよりもずっと大きなその遺跡に、アレクは思わずそう零す。 「そうだな」 レイズもそう頷き、同じように遺跡を見やる。 木々に囲まれた遺跡の元は白かったのだろうその壁は、長い年月風雪にさらされた為か少しくすんだ色になっていたが、それが目立たない程に生い茂った蔦に覆われていた。 「はい、到着」 「わあ」 目の前に現れた遺跡を見上げ、アレクはそう声を漏す。それから小走りに遺跡に駆け寄ると、そーっと手を伸ばして壁に触れた。 冷たい壁の感触が、伝わって来る。けれど、それは訪れた者を拒むような冷たさではなかった。冷たいけれど、どこかあたたかい、そんな不思議な感触にアレクはそっと壁に額を押し付けた。 「アレク?」 暫くその様子を離れて見ていたレイズは、自分も同じ様に遺跡の側まで歩み寄り、それからアレクに近づいてそう声をかけた。 と、次の瞬間思わず言葉を失った。それからすぐに我に返ると、慌ててアレクの顔を覗き込む。 「どうしたんだ?アレク。どこか痛いのか?」 「ううん」 そう答えるアレクの目には、涙が溜まっていた。その涙が、小さく頭を振った事で頬を伝い落ちて行く。 「遺跡が怖い?」 昔。自分が初めてここに来た時に、その大きさに圧倒されたのか何なのか未だに理由は解らないけれど、でも何故か泣き出してしまった事を思い出したレイズはそう尋ねる。 「ううん」 「じゃあ、どうして泣くんだ?」 「わかんない」 アレクは正直にそう答える。何で泣いているのか自分でも分からないけれど、でも何故だか涙が溢れてくるのだ。 「遺跡が嫌い?帰る?」 「ううん」 遺跡が怖いわけではない。嫌いなわけでもない。それどころか。 「ボク、ここ好きだよ」 そう。理由は全然分からないけれど、ここは好きだと思った。初めて来た所だけど、ずっと前から知っているような気がした。 その気持ちを説明するには、その頃のアレクは幼すぎた。今ならば『懐かしい』と表現出来ただろうその感情を、上手く把握すら出来ない程に。 そのまま壁に額を押し付けていたアレクは、それから暫くして、そっと身体を遺跡から離した。 「もういい?」 黙ったまま少し離れた場所で自分を待っていてくれたレイズの元に走り寄ったアレクは、レイズの言葉に頷く。 「うん」 「じゃあ、帰ろうか」 「うん」 アレクがそう頷くと、レイズはアレクの手を引いて、来た道を逆に辿る。 「……アレク、楽しかった?」 「うん、すごく!」 「そっか」 安心した様に答えるレイズをアレクは見上げ、それから言ってみる。 「ねえ、レイズ。またいこうね。またつれていってね」 と。 「うん、いいよ。アレクが行きたい時に、いつでも連れて行ってあげるよ」 「うん」 嬉しそうに頷いたアレクに、同じように笑ってレイズも頷いて。 二人は森を後にした。 * * * * * * * それが一番印象深い、オレとレイズの思い出話。 勿論他にも色々あるけれど。例えばもう少し大きくなって二人でやった悪戯とかね。 それでも一番鮮明な昔の思い出と言えば、それだった。 本当はその帰り道に、歩くの疲れたとか言ってオレが泣き出して、でもそれは暗黙の内にリューにはオフレコになってたとか。家に辿り着く前に、近所のおじさんの家にお邪魔して、美味しいココアを貰ったりとかもしたとか。 何も記憶の無い状態の、そして本当に子供だったオレにとって、それは些細な事だったかもしれないけれど、大冒険だったのだろう。 そしてもう一つ印象的だった遺跡のおかげで、益々記憶は鮮明なのだと思う。 問題のその遺跡を、オレがはっきりと『懐かしい』のだと認識出来る様になったのは、それから数年後の事で。 それでも、その理由は、まだ今のオレには解らない。 もしかしたら理由なんてないのかもしれないけれど。 『どうしてかな。ここに来ると安心するんだ。懐かしいって、そう思うんだ』 それは一体いつの事だっただろう。 何かの折にレイズと二人で遺跡を訪れた時、オレはそう答えた事がある。 『お前、本当に此処、好きだよな』 レイズがそう言ったのに対して答えた筈だ。 自分でも本当にそれは不思議に思っていた。 でも、あの遺跡を思う気持ち、それは村を離れた今でも変わらない。例えば今あそこを訪れても、きっと同じ様にそう答えるだろうと思う。 いつか、その理由が解る時が来ればいいのにな、と。そう思う。 その時には彼と一緒にあの場所に行って。その理由を話せたら良い。 今のオレにはまだ解らないけれど。 その答えも、あそこに戻る事があるのかどうかさえも。 それでも、この思いが今のオレには、大事な支えだから。 きっと、いつか訪れるその日の為に。 今は、前を見据えて進んで行くから。 胸を張って、再び会えるその日の為に……。 ───ねえ、レイズ。またいこうね。また、つれていってね ───うん、いいよ。アレクが行きたい時に、いつでも連れて行ってあげるよ ───うん また、行こう。また、来よう。 きっといつか、あの場所に。二人で行こう。懐かしいあの日のように。 また、いつかあの場所に。 きっと、いつか─────。 END |
てな事で。
分かる人には分かってしまいますねー。
非常に姑息な手段での作品UPです。ご、ごめんなさい(汗)
でも現状これでいっぱいいっぱいです(爆)
それに長いし……。本人短編のつもりなんですが……。
お話的には、本編ではレイズに語らせた頃の事をアレクに語らせただけの物(死)
違いが出ているか否か、とってもとっても不安ですが……。