A Happy New Year
                『First Crossrod』 番外編



 年の瀬も押し迫った、どころか切羽詰った大晦日。
 一人暮らしで特に年末年始を意識する事なく過ごしているとは言え。とりあえず新年に向けての大掃除なんぞを夜になってから始めていた綾人は、来訪者を告げるチャイムの音に目を丸くする。
「誰だよ、こんな時間に……」
 折角調子に乗ってきた掃除に待ったをかけられた形に、綾人はそう呟きつつも、賑やかな音を立てている掃除機を止めると玄関へと向かった。
「はーい?」
「綾人君?」
「って、美咲さん?!」
 予想外の訪問者の声に、綾人は慌てて扉を開ける。と、そこには真っ赤なスーツに身を包んだ美咲が立っていた。
「大掃除?」
「うん、まあ。それよりどうしたの?こんな時間に」
「そんな時間って言うけど、もう2時間切ってるわよ」
「へ?」
「へ?じゃないわよー。Destructionでのカウントダウンパーティ。参加でしょ?」
「確かにオレはその予定だけど、でも美咲さんは家の方……」
「家って実家の事言ってる?」
「そう」
「別に何も無いわよ。基本的に年始は大忙しだけど、大晦日は何もなし。それも私には関係ないし」
「や、でも。えーと尊さんや操さんとか戻って来るんじゃ」
「ああ、二人なら旦那さん方の実家に行ってるわ。矢萩の家には年始に挨拶に来るけどね。だから別に問題なしなのよ。準備、出来てる?」
「へ?」
「行く準備。折角迎えに来たんだもの、一緒に行きましょう?あ、事後承諾で悪いんだけど、下に車置かせてもらってるから」
「ああ、うん。それは別にいいけど……今すぐ?」
「そう。ちょっと面白い趣向を、ね。用意してあるから。出来るだけ早めに店に着いておきたいの」
「えーと、それはオレも早く行かなきゃ困る?」
「私的には」
「ん、じゃあ了解。ちょっと待ってて。シャワー浴びて着替えて来る。5分で準備するから、先降りてて」
「5分って……大丈夫?」
「女の人じゃないからね。埃流して着替えるのになんて、5分もあれば十分だよ」
「そう?じゃあ、下で待ってるわね」
 美咲がそう言って駐車場へ降りて行くのを見送って。綾人は大急ぎでシャワーを浴びて着替えを済ませると、上着を掴み部屋を出る。
「お待たせ、美咲さ……ああっ?!」
「うっふっふ。ね、面白い趣向でしょ?」
 車を覗き込んだ綾人の反応に、美咲はそう微笑んで。
「さ、乗って。助手席ね」
「ああ、うん、それは……」
 後部座席よりは、その方が断然有難いけれど。
 その言葉は飲み込んで。大人しく綾人は車に乗り込んだ。
 幾分困惑気味の綾人を助手席に、車は大晦日に賑わう街中へと滑り出した。


 新年を迎えるまでに、あと30分を切った頃。
 Destructionの店内は、年越しを気の合う仲間達と過ごそうという若者達で既に賑わっていた。
 崇は擦れ違う仲間達と言葉を交わしながら、店内に目的の人物を捜す。
「ったく、あいつもいい加減に携帯持ちやがれ」
 崇はそう毒づいた。
 家の電話は留守電になっているし、念の為家に寄ってみたがこちらも応答なし。
 大体にして家を留守にしがちな人間なのだ。今のご時世を考えれば、そんな人間が携帯電話を持っていないってのが大問題だ。周囲には日々説得されているらしいのだが、肝心の本人に一向にその気が起きないらしく、毎回説得は空振りに終わっていると、そう片岡が教えてくれたのは一体何時だったか。
 日が日だから既に仲道達と合流しているかもと思い仲道の携帯を鳴らしてみたが、応えはNO。一体どこをうろついているんだか、全くもって不明。
 最も、端から約束なんぞをしている訳でもないのだから、怒るのも筋違いなのだが。そう思ってはいても、やはり面白くはない。
 大体にしてこのカウントダウンの事を黙っていたってのも気に障る。いやまあ、綾人の事だから。きっと家の行事があるとか思って言わなかったのだろうけれど。
「よお矢萩。遅かったな。綾人、捕まったか?」
「いや。もうこっちに来ても良さそうな時間だと思って来たんだけど……見かけないか?」
「ああ。俺は1時間前に着いたけど、その時から今まで、見かけてないな」
 時計に目をやると、新年まで1分を切っている。30秒前のカウントダウンが始まった。
「年内最後の最後まで遅刻しでかすつもりか?あいつは」
「……有り得る所が問題だな」
「………わーるかったな、万年遅刻魔で」
 不意に後方で声がして。二人は慌てて振り返る。
 と。言葉とは裏腹に、酷くにこやかな笑みを浮かべた綾人が、立っていた。その後ろには、これまた意味深に微笑んでいる美咲。
「綾人、お前……」
 今まで何処にいたんだ、そう言おうとした時。
 パンパンパーンッ、と店内に派手なクラッカー音が鳴り響く。と同時に『A Happy New Year!』の大合唱。
 御多分漏れず、綾人と美咲の口からも『A Happy New Year』の言葉。それから更に綾人が一言。
「崇、今夜のスペシャルゲスト」
「は?」
 にやりといった形容が正にピッタリの笑みを浮かべた綾人の言葉に、崇はそう返す。と、綾人と美咲が二人の間に道を開くようにして、振り返る。
 と、そこに居たのは……。
「親父?!」
 素っ頓狂な声を上げた崇に、綾人と美咲は笑い出す。当の源三郎の顔にも、人の悪い笑み。仲道はと言うと、別の意味で言葉を失っていた。何だって会社社長がこんな所に……、と。(ついでに、そうかこれが矢萩の親父さんか、とも)
「っんでこんな所に……。ってか、何で綾人が一緒……」
「ふっふっふ。何でって、貴方を驚かせる為に決まってるじゃない」
「決まってるって……」
「綾人、お前今まで何処に居たんだ?」
 驚愕で混乱しきっている崇をよそに、仲道がそう尋ねる。
「ずっと店に居たけど?奥の部屋だったけど」
「だから、何で綾人が一緒に!」
「あら。私が拉致監禁したに決まってるでしょ」
「あ?」
「だって私だけじゃ、貴方今みたいに驚いてくれなさそうなんだもの。だから綾人君に協力願ったの。崇がここに来るのは解ってたし、来るなら綾人君に連絡するでしょう?その前に手を打ったのよ。綾人君携帯持ってないから、家から連れ出しちゃえばOKでしょ?功を奏したみたいで、お姉さんとっても嬉しいわ」
 そう言って。実に嬉しそうな笑みを浮かべた美咲は父親を振り返る。
「ね?良いモノ見れたでしょう?」
「少々性質の悪い趣向ではあったがな。お前、こんな事ばかり企画してるのか?亰」
「まっさか。こんな事ばっかりしてたら友人失くしちゃうじゃない。さてと、新年早々珍しいモノも見れた事だし、飲むでしょう?お父様。勿論、お父様の奢りで」
 そう言って美咲は父親と腕を組む。
「ね?」
「はいはい」
「じゃね、三人とも。綾人君、協力ありがとうね。飲み物、私の名前でつけておいて貰ってね」
「うん。ごちそうさま」
「どういたしまして。じゃね、崇。夜は尊姉さんや操が来るんだから、ちゃんと帰って来るのよ」
「りょーかい」
「すまなかったね、綾人君。つき合わせてしまって」
「いえ、楽しかったです」
「じゃあ、また2日の晩に」
「はい、ありがとうございます」
 綾人が答えると、二人はカウンター席の方へと歩いて行った。
「……何なんだ一体……」
 そう呟きつつも、どうりで大晦日前(正確には28日)に家の事を全て終わらせて、秘書やら庭師やら全員に休暇を与えるなんて事をした筈だ、と内心で納得する。
 通年大晦日の夜は、矢萩の家で働いている全員を含めた状態で年越しをしているのに、今回はそれが急遽取り止めになっていた。表向き、大晦日の晩に会社の関係で当主が不在状態になるのならば、今年は早めに休暇を取って貰い、元旦当日に備えて貰う。そう言っていたのだが。それは大嘘で。
 姉の口車に乗せられたのか何かは知らないが、こんな事を企んでいたとは……。
「あーあ、カメラ持ってくれば良かったかな」
「は?」
「さっきの驚いた顔!お前にも見せてやりたかったよ」
「正に呆然自失って感じだったな」
 綾人の言葉に、仲道もそう加わる。
「だろ?仲道の携帯、カメラ付いて無かったよな?」
「残念な事に」
 などと好き勝手を云う二人に、崇は苦笑する。
「そういや綾人、2日の晩って?」
「ああ。協力のお礼に、崇の家にご招待。2日の晩なら動けるし、遠慮なくお言葉に甘える事にしました」
「ひえー。大丈夫か?お偉いさんがわんさかじゃねえのか?」
 仲道の言葉に、綾人は笑う。
「だったら行かないよ。そんな疲れるの。お偉いさん絡みは元旦の晩と2日の日中で、晩は新年早々重労働だった雇用人さん達を労う会だって。だから気楽だよー。顔見知りの人ばっかりだし」
「その上、ご馳走だし?」
「そゆ事。崇も元旦から大変だな?」
「……ふける」
「んな訳にゃいかねえだろお前。尊さんだか操さんだかも来るんだろ?」
「………」
 仲道の指摘に、崇は言葉に詰まる。そうだった。普段会えない分、彼女達はこういった行事で家族に会う事を楽しみにしているのだ。それが居なかったとなると……後が大変なのだ。
「あーあ。新年早々不機嫌な面してー。……仕方ないなあ、もう。とっておきのネタ、教えてやるよ」
「何?」
「とっておきのネタ。口止めされたわけでもないしさ。……崇さ、多分誤解してると思うけど」
「誤解?」
「そ。今回の事、具体的に計画立てたのは美咲さんだけど、発案者はさ、親父さんだってさ」
「え……?」
「うわっ、カメラ欲しい」
「茶化すなバカ。どういう事だ」
「新年早々バカ呼ばわりかよ?ったく。ま、いいや、元旦だし今回は許す」
「いいから説明」
「急かすなよ。……美咲さん曰く、『お父様が、自分には見せない崇の普段を見てみたいって言ったのよー。凄い変化だと思わない?』だってさ。だから、今回の謀略。どうせなら崇の普段を親父さんに見せて上げて、更に滅多に見れない驚愕の表情も拝んじゃえって。それで、こうなった。オレが担ぎ出されたのは、より効果的に演出する為だったらいいけど。ま、オレも珍しいモノ拝ませて貰えるならってのと、美咲さんには普段から世話になってるから恩返しも兼ねて加わりました。オマケにご招待まで付いて、結局得した感じだけど」
「あーいたいた。綾人!」
「あー片岡。新年おめでとー」
「おめでとう。で?上手くいった?」
「ばっちりー。片岡にも見せたかったよ」
「うん、オレも見たかった」
「あ?何だ?お前も片棒?」
「うん。密告者」
 仲道の言葉にいともあっさりとそう言って、片岡は微笑んだ。
「密告って……」
「だって矢萩や仲道とかが綾人を捜すの判ってたし。さりげなく居場所確認して密告をね」
「じゃなきゃ、あんなバッチリなタイミングで後ろに行けるわけないじゃん」
「そういう事。あ、綾人、コレ」
「サンキュー。ホラ、崇と仲道も」
 片岡の差し出したグラスを受け取りながら、綾人はそう勧める。
「とりあえず二人のいつもの頼んでるから」
 片岡の言葉に、崇と仲道はそれぞれグラスを受け取った。
「美咲さんの奢り。んじゃまあ、改めて。明けましておめでとう。今年もヨロシクな」
 オマケにウィンク付きでそう言って。グラスを掲げた綾人に、3人も笑ってグラスを掲げる。チン、と小さく響いたグラス音に。彼らはそれぞれ笑みを浮かべ、そして。
「A Happy New Year!」
 そう言い合うのだった……。


                                         END


■と、いう事で。新年ネタ。
  しかし大してヒネリの無いお話で申し訳ないです……。
  とりあえず私としては、『崇を驚愕させたい』と『片岡を出したい』
  この二つが書きたいが為のお話に、結果なってしましました(笑)
  特に新年ネタじゃなくても、なんとかなりそな内容ですが……(汗)
■とりあえず、今回のは完全書き下ろしです(笑)
  さてさて。今年はどれだけオリジで書けるかなあ……。
  新年早々1本UPなので、今後に期待したいです。
  って人事の様だ(笑)