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住職法話集

フジサンキタカイ

臨済宗のお葬式のとき、参列していてなんと言っても驚くのが『一喝(いっかつ)』でしょう。父が私に早く葬儀の場を経験させるべきと思ったのか、私がまだ小学生だったころ、初めて葬儀に出席したのですが、やっと三つ四つお経が読める程度で、もちろんお葬式の意味も何も分からない。そんな時にいきなり「カーッ」とやられて、飛び上がるほど驚きました。

いまでも「一喝」については、説明する方法はないことはないのですが、しようとすればするほど森の中に迷い込んで行くような感じで、ともかく亡くなった方も残された人々も少しでも迷うことがないようにとの願いを込めて、力いっぱい「一喝」するのが葬儀における導師のつとめと思っています。

その「一喝」はともかく、もうひとつ葬儀の場で私が小さい頃驚かされたのが、「ふじさんきたかい」です。

意味の分からないお経や言葉が長く続く中で、意味が分かったと思ったのがこれだけです。父(和尚)が言い間違えた筈はない、確かに「富士山来たかい?」と言った、と思ったのです。それで思わず左右を見回しました。『いったい富士山がどこにくるんだろう?いやいやおふじさんという名前の人がいて、その人がもうすぐここにやってくるんだろうか?』…そんなふうに考えたのを覚えています。

意味を父親に尋ねるということはしませんでした。後で自分で意味を調べるうち、葬儀は、要するになくなった人に仏弟子として守るべき戒(いましめ)を授ける儀式・授戒の儀式であり、その戒のうちの一つが「ふじさんきたかい」であるということがわかってきました。「ふじさんきたかい」は「富士山来たかい?」ではなくて『不自讃毀他戒』でした。
つまり自分をほめたりたたえたりしてはいけない、そして他人を傷つけるようなことを言ったりしたりしてはいけない、そういう戒めということです。

なーんだ、そうだったのかと最初思ったのですが、そう思った後で考えれば考えるほどこれは難しいな、大変なことだなと感じました。

自分をほめるな、というのは難しいですね。オリンピックの女子マラソンでメダルを取った有森裕子(ありもりゆうこ)選手が、アトランタオリンピックのマラソンでゴールした直後、インタビューの中で涙ながらに「自分を褒めたいと思います」と言ってましたが、『うーん、そうだな。何しろ前回のオリンピックでもメダルを取ったしなー。そういう彼女なんだからこの言葉を言ってもいいかもしれない』と思いました。
もちろん厳密にいえば、これさえ「不自讃毀他戒」には違反しているわけですが…。その後これが少し流行語のようになって、特にテレビなどで、いろんな人が『自分を褒めたい』と軽々しく言っていたのには困ったもんだと感じていました。

こんな言葉もあります。『他人の悪口はうそでも面白い、自分の悪口は本当でも腹が立つ』…まったく理屈にはあわないけれど、心の中はそのとおり、それが人情、という気もいたします。でも、そこの所に真っ向から切り込んで行くのが、この「不自讃毀他戒」です。行動ではもちろんのこと、心の中でも少しでもこの戒めを守って行くように近付いて行きたいものだと思います。