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住職法話集

古いラジオ

私がお話を考えるようになったきっかけはある文章との出会いでした。それをご紹介します。

曹洞宗の布教師・辻淳彦(じゅんげん)師の書かれた本(法話の教室・曹洞宗宗務庁)に出てきた文章の要約だけご紹介します。

…昭和三十七・八年ごろのある日の早朝、(辻師の)お寺の電話がなりました。
受話器をとるとニキロ半ほど離れたところにあるお寺の老僧・H師です。
H師は、失礼ながら口下手でお話もあまり上手でない方でした。
『こんな時間に何の用だ…』などと思いながら話を聞くと、「いまラジオで素晴らしい法話をやってるから是非聞きなさい」とのこと。
あいにく辻師のお寺のラジオは故障中、そのことを言い訳しながら説明していると、「待っておれ」の一言とともに電話は切れてしまいました。

十五分ほどして、今度は玄関の扉があいてH老僧が突然入ってきました。
見ると背中に大きな風呂敷包みを背負っています。
よほど大急ぎで自転車をこいで来たと見えて、ハーハー息を切らし汗びっしょりです。
「ラジオを持ってきた。あんたに聞かせようと思ってな」…風呂敷から出てきたのは、真空管を使った旧式の大きな木製のラジオです。急いで電源を入れると…、法話はもうとっくにおわっていました。「アリャー、終わってしまったか」・・・残念そうで悲しげな老僧のお顔。

もちろん、その時の法話がどのようなものだったかわかりませんが、老僧の「仏法を伝えよう」という信念と情熱とに大いに感激しました。
今でも思い出すと有難さに涙が出ます。…


勇気がわいてくる文章でしょう。私はそう思いました。
また、『禅』で言う『無功徳(むくどく)』とはこういうことかな、とも思いました。