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住職法話集

インドの生命力

もう7年ほど前になるが、40才にして初めてインドの仏跡参拝旅行に行った。以前から一度はインドへ行ってみたいと思っていたものの、なかなかふんぎりがつかなかったが、ある和尚さんの強い勧めもあり、ようやく実現した。 

参拝の旅は、期待通り私の仏教に対する想いを一層深めてくれる感慨深いものだったが、旅行を終えて、関西新空港に降り立ち、空港から新大阪駅にむかう途中に、私を襲った感覚は今も鮮烈に思い出される。

新幹線『はるか』の車窓から見えた、半月ぶりの日本の町の様子は、新興住宅地の見慣れた風景である。旅行が終わってしまった寂しさもあったが『ああ、やっと帰って来た』という安堵感の方が強くて、現代日本の典型的な景色にじっと見とれていたものだった。

ところがしばらくして『何か変だぞ』と思い始めた。それまで2週間、ガタガタのオンボロバスの窓からずっと眺め続けていたインドの街並みの風景とどこかが違う。

もちろんインドは貧しい国、草葺きの、泥で作られた家々が埃っぽい中に並んでいるだけで、整然と広がるきれいな日本のような家並みなどは望むべくもない。その点が異なっているのは当然だ。それ以外に『何が違うのだろう』と考えているうちに、気が付いた。

『そうだ、人の姿が見えない…』

確かにインドの家はみすぼらしくて、中で住むのは大変そうだった。しかしどこでも家の前で、子供たちがワイワイはしゃぎながら何人も遊んでいた。中にはバスの我々に向かって手を振る子もいたりして…。そんな風景が二週間の旅行の間、当然のものとして私の目に焼き付いていたのだった。

ところが、日本では、何百軒もの真新しい家が目の前に見えるのに、人の姿、特に子供の姿は全然見えない。動いている車が見えるのだから、人がいるには違いないのだが、その姿は見えない。

インドはあと三千年は大丈夫だな、日本はどうだろう…と考えているうちに、何だか少し背筋が寒くなってきた。