名人・達人・鉄人
(法話ともいえないし少し長いですがちょっと面白い文章ですのでよかったらお読みください)
戦時中のことだと聞いていますが、知り合いの0さんから私の父が聞いたお話です。
台湾に向かう船の中でのこと。今と違ってゆっくりとした船旅ですから、船中、ある方とお友達になり碁を打とうということになりました。
腕に覚えのあった0さんは張り切って対局に臨みましたが、一局目は一目(もく)差で相手の勝ち。もう一丁ということで、挑戦すると、次は二目差で、また負けてしまいました。悔しくて悔しくてもう一度挑戦すると、今度は三目差で負かされてしまいました。四局目は、四目差で負け。…このへんで0さんはようやく、相手の囲碁の力量のすごさに気付きました。
そこで相手の名前を聞いてみると、何と将棋の木村名人だったそうです。あの坂田三吉(さかたさんきち)との名勝負で知られる大名人です。
将棋の木村名人にとって、囲碁は趣味だったそうですが、やはり名人といわれるほどの人は、さすがと思わされます。
私が実際に見た、達人・鉄人は、プロ野球界から。
現在はダイエーの監督である王監督が打撃の達人であったことに、異議をとなえる人はいないでしょう。
彼が巨人の四番として華々しく活躍していた頃のことです。
中学生だった私は、岡山県営球場にジャイアンツのオープン戦を見に行きました。
その頃は王シフトというのがあって、王選手が打席にはいると、野手は守備位置をずっと右に移動します。力を少し抜いて、左方向に打てばヒットは間違いないのですが、王選手自身も守備の野手も、そんな事はつゆほども考えません。
その日の王シフトでは、右翼手が、一塁側のファウルラインとライトフェンスが作る角の所に移動しました。そのすみっこにくっついています。
『いくらなんでも大げさな。そんな所に打てるもんか』私がそう思った瞬間、カーンと物凄い音がして、王選手の打球が飛びました。その右翼手は隅っこから一歩も動かず、ナイスキャッチ。見事な王選手のライトライナーです。いやライナーというより、私には本当に直線でそこめがけてボールが飛んで行ったとしか見えませんでした。口はあんぐり、しばらくは声も出ませんでした。一生忘れられない私が見た達人の技です。
プロ野球の鉄人といえば、連続試合出場の記録で知られる元広島カープの衣笠(きぬがさ)で決まり。現在は野球の解説者です。彼は全試合全イニング連続出場を続けていたのですが、年齢的にも体力的にも、そろそろその記録を伸ばす事が難しいのではないかと噂されていたころの事です。
私は、それまで実際にプロ野球の公式戦は見たことがなく、初めて見にいった公式戦が、岡山球場での、広島対中日の試合でした。試合開始前に発表された先発出場の選手名の中に、当然あるはずの「衣笠」の名前がなかったのです。つまり、何とこの試合で、彼の全イニング出場の記録がとぎれてしまいました。鉄人もついに…まことに諸行無常。
上のような名人達については、私よりずっとふさわしい語り手が大勢います。そこで、自分の身近に名人はいないかな、と探してみると、いました。お花のE先生です。
E先生は、どこから見ても、腰のまがった田舎のおじいさんです。もう九十才ですが、今も現役の華道の先生で、お寺にも週一回来ていただいて、妻にお花を教えたり、自分で生けて下さったりします。(現在はもう故人になられました)
先生の姿は、まことにみすぼらしい(失礼)。いつもお孫さんのおさがりの服や帽子を身に付け、それらは全部自分で洗濯し、とりこみ、家族の者には絶対触らせないし捨てさせないそうです。新しい服を着ていただこうと贈っても、決して着ない。あとの誰かに着てもらうために、大事にしまいこんでしまいます。
先生は、どんな花も葉も無駄にしません。しおれた花も枯れかかった葉も、先生の手にかかると、花器の中で生き返ってしまいます。本当に不思議、この人はもしかしたら花の精、花の仙人?といつも思ってしまいます。
先生は寡黙で余計な事はしゃべりません。でもお天気の話はよく聞かされます。
「今日はぬくうて気持ちが宜しいなあ」「よお雨が降りますなあ、お日様が待ちどうしいですなあ」「天気予報で台風が来る言よおったけど来ませんなあ、どこに行ったんですかなあ」…まるで、草花が語っている様です。
テレビのニュースもよくご覧になるようです。但し、先生の興味のあるのはニュースの内容ではありません。
「今朝のニュースのあのアナウンサーの後ろに生けとったお花、ありゃあ本当に上手に生けてありましたなあ。良かったですなあ。」