見え-んら
静岡県にある平田寺(へいでんじ・臨済宗妙心寺派)の檀家さんの家に生まれた一人のお婆さんは、満百十三歳でなくなられましたが、なくなられるまでしゃきっとしておられたそうです。晩年はさすがにお寺まいりにはこられなかったそうですが、その前には(百七・八才の頃まで)実家のご先祖様へお参りに、よく平田寺にきていた(平田寺は各檀家さんのご先祖をお寺にも、おたまやの中でおまつりしています)そうです。
ある日、そのお婆さんが、お寺のご先祖様にお参りに来ました。
そのお参りの仕方は、ご先祖に向かって何もお願いしない、もっと長生きさせてとかもっと幸せにとか一切言わない、ただただ感謝感謝・有り難う有り難うだけです。非常に徹底しているそうです。
お参りが済んで帰ろうとしたとき、たまたま若い男女二人がお霊屋(たまや)の中に入ってきました。このお婆さん、非常に好奇心旺盛で(長生きの秘訣でしょうね)、何か珍しいことがあると、すぐに人にものを尋ねる。若者が二人でお寺のお霊屋に入ってくるなんて珍しいですから、この時もすぐに大声で尋ねたそうです。
「なんだい?あんたら」
すると男の方が「近いうちに僕ら結婚するんです。それでご先祖に報告しようと思って…」
それを聞いてお婆さん、「えーっ、おまえら結婚すんの、よかったな-」と言って自分のことの様に喜びました。そこまではよかったのですが、でもそれに続けて、「おまえら先祖様に報告に来たっていうけど、先祖さまみえるかい?」と、こう尋ねました。
若い男女は答えられずに、ウッとつまってしまいました。私だってその場にいたら、考込んでしまうだろうと思います。
若者が答えに窮しているのをみて、お婆さんは言いました。
「みえーんら?」(「みえーんら?」は静岡の方言で「見えないだろ?」という意味です)
「見えんのは当たり前だ。お前らにもおれにも見えてるのはお位牌だけだ。」
非常に合理的です。実際見えてるのはお位牌だけです。
でも続けてお婆さんはこう言いました。
「だけど、先祖さんの方はおまえらが来たことは、チャーンとみえてるだよ」
なかなか素晴らしいですね。私なんかが言うのと説得力が違います。なにしろ百年以上の人生経験に裏付けられた言葉です。その若い男女もきっと感服しながら、ご先祖様へのご報告を済ませ、帰って行ったに違いありません。