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住職法話集

盗人に・・・

良寛(りょうかん)さんは江戸時代半ばの越後(えちご・今の新潟県)生まれの人です。
僧侶になろうと出家したあと、縁あって現在の岡山県倉敷市玉島にある円通寺(えんつうじ)という曹洞宗の大きなお寺でご修行なさいました。

そこで二十年ちかくも修行し立派に禅の道を極められ高僧となられたのです。

しかし良寛さんは、大きなお寺に入りそこの住職になるという道は歩まず(大部分の高僧がそうするのですが)、修行を終えられてから再び故里の越後に帰られて小さな庵に住み、そこで過ごされました。

その庵は、国上寺というお寺に属する『五合(ごごう)庵』と呼ばれる六畳一間だけの本当に粗末なものでした。

良寛さんがその庵に入られる前までは、庵で過ごすための『食いぶち』として国上寺から一日五合の米が与えられていたそうです。
そのことから『五合庵』と呼ばれるようになりました。

どんな事情があったのでしょうか。良寛さんにそのお米が与えられることはありませんでした。
でもそんなことを気にする良寛さんではありません。

雨や風をしのぐことができ、起居のできる『庵』があればそれだけで十分だったのです。
書をかき、漢詩や和歌や俳句を詠み、無心に子供らと一緒になって毬をついたりおはじきをしたりして遊ぶ…そういうことのほうが良寛さんにとってはよほど大切なことだったのでしょう。

ある晩、五合庵に泥棒が入りました。もちろん金目のものは何もありません。そこで泥棒は、良寛さんが寝ていた布団を盗みました。
でも盗みきれなかったものもありました。
良寛さんはこんな句を残されています。

ぬす人に取り残されし窓の月