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「宗派にはいろいろありますが、いったいどの宗派が一番優れているんでしょうか?」とたずねられることがあります。また口には出さなくてもそういう疑問を持っている人は多いのではないでしょうか?
同じような疑問を持った人が江戸時代にもいたようです。
臨済宗の和尚さんで、大変に有名な仙厓(せんがい)義(ぎ)梵(ぼん)という方がいらっしゃいます。仙厓(せんがい)さんは江戸時代の終わり頃に九州博多(はかた)の名刹(めいさつ)・聖(しょう)福(ふく)寺(じ)のご住職としてご活躍なさった方です。単なる禅寺(ぜんでら)の住職というだけでなく多くの僧俗(そうぞく)の人々の指導者として、皆に多大な影響を残されました。仙厓さんは、若い頃は厳しい修行に明け暮れた方でしたが、ある程度年をとられてからは、大変機知に富み、そして親しみやすい方であったようです。
仙厓和尚にある人が質問しました。
「和尚さん、真言(しんごん)宗やら真宗やら、たくさんの宗がありますが、いったいどの宗が一番ありがたかですか?」(博多弁です。以下同じ)
「アノナ、一番ありがたか宗は『らしゅう』ばい」
「『らしゅう』?そんな宗は聞いたコツなかです」
「アノナ、父親は父親らしゅう、母親は母親らしゅう、子供は子供らしゅう、それが『らしゅう』ばい。そいが一番有り難かー。」
それぞれの人には、それぞれの立場で『それらしく』果たすべき役割があります。そのことに気づき、それを実践することによって、幸せに近づいてゆけるのだと仙厓さんはおっしゃっています。
人間すべて平等、男も女も、大人も子供も皆同じ、というのが現代の一般的な考え方です。でも憲法や法律などでそう決めたからといっても、平等になるものは、例えば選挙権など、ほんのわずかしかないのです(1票の格差が問題になることもあり、その場合は選挙権さえも不平等です)。
人間平等などというのは錯覚に過ぎないといってもいいでしょう。長生きする人もいれば赤ちゃんや子供のうちに死んでしまう人もいます。不治(ふじ)の病気にかかる人と健康な人とを比べて平等と言えるでしょうか?
私たちはそれぞれ自分の立場から逃れようとするのではなく、それに真っ向(まっこう)から立ち向かって『自分らしく』生きようではありませんか。『らしゅう』の信者になりたいものです。
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