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住職法話集

四門出遊

釈尊伝の中で非常に有名な『四門出遊』の話をご紹介します。

…ある日、カビラの城で過ごしていた若きシッダールタ(出家前の釈尊・カビラ城の王子)は従者をともなってお城の東門から出かけた。路上で、やせ細って腰が曲がり、杖をつきながら、よろよろと歩いている老人を見かけた。「あれは何か?」と彼は従者にたずねた。従者は答えた。
インド・ベナレス

「老人でございます」
「老人とは何か?」
「はい、誰でも年を取るとあのような姿の老人になります」
「従者よ、お前も老人になるのか?」
「はい、さようでございます」
「この私もやがては老人になるのか?」
「はい、さようでございます」
それを聞いてシッダールタは深く物思いに沈み、城へ帰った。
また、べつの日に南の門から出かけて今度は病気の人を見かけ、老人を見た時と同じような問答を従者と交わした。彼は深く物思いに沈み、城へ帰った。また次の機会に西の門から出かけた時には葬送の列にでくわし、また同じような問答をかわした。彼は深く物思いに沈み、城へ帰った。……

そして北の門から出た時に、道を求めて托鉢に励む修行者の神々しい姿に心を打たれ、そのことがシッダールタの出家の動機となったと伝えられています。

老・病・死について、シッダールタはひとごととはしなかったという点に注目してください。

老病死をひとごとにしないということは簡単なように見え、実はとても難しいことです。ましてシッダールタは季節ごとに快適に過ごすための別々の宮殿を与えられ、歌舞音曲の中、多くの献身的な美女に囲まれて毎日を過ごしていたのです。想像を絶するほどの裕福な生活を送っている中で、みすぼらしい老人や哀れな病人の姿を見て、それを釈尊は自分の問題としてとらえたのです。まさに、これこそが釈尊の特色、というより仏教や禅の根本的な特徴です。

裕福な人は貧しいことを他人事とし、若者は老人には無関心、健康な者は病気や死を忌み嫌う、それが現代の一般的な世相であり、そういう所に現代の多くの課題もまたひそんでいるのではないでしょうか。

我々がよくお唱えするお経の最後のほうに、「衆生病むがゆえにわれまた病む(『維摩経』問疾品)」という言葉があります。皆が苦しんでいるから私も苦しいのだ、ということです。つまり、言い換えれば、「苦しんでいる人が一人でもいる限り私の苦しみは終わらない」ということになります。我々にとって、さまざまな苦しみを「我がこと」としてくださる釈尊がすぐそばにいてくださるのは、本当にすばらしいことだと思います。