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住職法話集

『お釈迦様、お誕生おめでとう』

天上天下唯我独尊」(てんじょうてんげゆいがどくそん)という言葉をご存知ですか?言葉の意味は「天の上にも天の下にもただ我のみ一人とうとい」。お釈迦様がお生まれになったとき、生まれ落ちてすぐ、天と地を指差して、発せられた、とされる言葉です。

お釈迦様がお生まれになったのは、現代の地図でいえば、インドの北側にある小さな王国、ネパールのルンビニという所。お父さんは、シャカ族の王様、お母さんはお妃様でした。


はなみどう

臨月になって、お母さんはお里で出産ということで、実家へ向けて、お共を連れてお城を出発。途中ルンビニの、花が咲き乱れる園(その)に立ちよられて、休憩なさいました。ふと見ると、アショーカという木に咲いている白い花があまりに美しいので、枝を1本たおろうと右手をのばした瞬間、その右わきから、男の子が生まれ落ちました。赤ん坊はすぐに立ち上がり、数歩歩いたあと天と地とを指さして、「天上天下唯我独尊」と、おっしゃったということです。

でも、何か変ですよね。
右の脇から生まれたなんて、普通の人間とは違っています。お釈迦様が脇の下から生まれた、と伝えられていることは以前から知っておりましたが「へえー、やはりお釈迦様ほどの偉い人は、生まれてくる場所も、凡人とはちがってるもんだな。」と、考えておりました。

でも、私は思い違いをしておりました。

インドではお釈迦様誕生の前から、厳しい身分差別・いわゆる四姓制度・カーストというものがあり、それは現在でも続いています。

大まかに言うと、一番上の階級はバラモン僧、次は貴族・武士の階級、その次は一般の農工商にたずさわる人々の階級、一番下が奴隷階級、この四つに厳しく分けられています。

その身分制度によれば、それぞれの階級の赤ちゃんたちは、バラモン階級は頭から、つぎの階級はわきから、その次は太ももから、一番下の階級は足首から、それぞれ生まれるのだとされているそうです。したがって、お釈迦様は王族ご出身ですから、脇の下から生まれた、というわけです。

ここで大切なのは、お釈迦様が王族出身だった、ということではありません。そうではなくて、お釈迦様がこういう厳しい身分差別の真っ只中からお生まれになったのだ、という事です。その中で勇気を持って、すべてのものには平等でかけがえのない命が備わっているのだ、と説いて回られたのです。それは、今日の日本の民主主義社会の中に住んでいる、我々の想像を越える困難さ、だったことでしょう。

それでは『天上天下唯我独尊』とは一体どういうことなのでしょうか。いろんな仏教関係の本に『天上天下唯我独尊』とは「お山の大将、おれ一人」ということではなく、「私たちはこの広い宇宙にあってかけがえのない自分である事実に気付きましょう」という意味だというようなことが書いてあります。でもそれに違いないのでしょうがよく分かりませんでした。

よく分からないまま、そのことを頭の片隅にしまっておいて月日が過ぎました。…
長女がまだ3才ぐらいの頃、ある日何かのひょうしに大声でなき始めました。なだめても叱っても泣きやみません。泣き声がますます大きくなるばかりです。それを見ていた、私の父(禅僧・久昌寺先住職)が、「あれあれ、まるで、天上天下唯我独尊じゃなあ」と、ぽつりと言ったのです。それを聞いた瞬間、『ああっ、そうだったのか』と私は心の中で大声をあげました。

お釈迦様も、生まれ落ちた時、あたりに響き渡るようなうぶごえをあげられたに違いない。私は、その産声を聞こうとしていなかったんです。そうしないで、文字にばかりとらわれて追い掛けておりました。

オギャーオギャーオギャーという、生まれ落ちたばっかりのお釈迦様の産声を聞きながら、まわりにいた人々、中でも特にお母さんであるマーヤー夫人は、「この世にこれ以上尊いものがあるものか」と思われたに違いありません。その赤ん坊の産声は「天上天下唯我独尊」と響き渡ったに違い有りません。

そして、この「天上天下唯我独尊」の産声を、かつてこの私自身も間違いなくあげたのだと思い至った時、心の底からはればれと言う事ができました。「お釈迦様、お誕生おめでとうございます。」