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住職法話集

白い天井(母親の思い出)

麻酔から覚めると、目に入ったのは病室の白い天井だった。これから十日余りもこの天井を見て過ごさなければならない。腰の手術の後は患部を動かさないよう、食事も排泄もベッドの上で、なるべく仰向けのままでいるようにお医者さんから申し渡されていた。

今からもう20年ほど前の事。どうにかこうにか決心をつけて臨済宗の修行道場に入ったには入ったのだけれど5ヵ月足らずで戻ってきてしまった。
どうも身体の調子がおかしく て病院で診てもらったら手術が必要だとのこと。結局、手術を受けることになって、上のような次第になったというわけである。

他にすることもなく、じっと白い天井を見つめているうちにまた以前と同じような迷いが出てきてしまった。
「せっかく修行に行ったけれど短い間に挫折して戻って来ちゃったな。自分の人生の道は、はたしてこの路線でよいのだろうか…

そんなふうに心があれこれ迷っているうちに日にちが過ぎて、お医者さんから退院の許可がやっと出た。手術の前から、着替えやら果物やらを持って、電車と徒歩とでほぼ毎日病院がよいを続け、私の下の世話やらなにやらをしてくれていた母が、その日も姿を見せたので、早速退院の許可のことを報告した。

母は「まあ、それは良かったわねえ。でも入院中はお風呂にも入れなくて大変だったでしょう」と言って、タオルを絞って体を拭いてくれることになった。 背中をごしごしやってもらって、半分眠るようないい心地でいると、突然、後ろから「ズーッ」と鼻をすする音が聞こえた。

病院は冷暖房完備だから、その中で過ごしていた私は考えもしなかったけれど、外は真冬の二月。毎日の病院通いでカゼでもひいたかな、と思い、正面を向いたまま「どしたン。風邪でもひいたン?(岡山弁)」と肩越しに尋ねたが、何の返事もない。しばらくすると、再度「ズーッ」。

その2度目の「ズーッ」でやっと母が泣いている事に気が付いた。私も何も言えなかったが、不思議と迷いが吹っ切れた。ほぼ半年後にまた修行道場に出掛けた。結果、禅僧としての私の人生がある。