久昌寺にようこそ
豊岳山久昌寺 豊岳山久昌寺のホームページメニューを右に表示しています
豊岳山久昌寺のホームページにようこそ!



住職法話集

二つの投稿

(久昌通信73号)

少し前の話になりますが、新聞の投稿欄に、ある二つの文章が掲載されていました。ひとつは八十すぎの女性が書いた「対称的な下校風景・・・」と題する文章、もうひとつは高校の女子生徒が書いた「今時の高校生、格好は悪いけど…」という文章です。

おばあさんの書いた「対称的な下校風景・・・」のほうの内容を紹介します。

『あるバスで見た高校生は、部活を終えて下校する途中なのか顔にうっすら汗をにじませ、制服をきちんと着てとてもすがすがしい気持ちがした。が、ある電車に乗った時に見た高校生5・6人は、上着のボタンをはずしズボンはベルトを緩めて今にもずれ落ちそう・・・、それに加えて床にしゃがんで携帯電話をかけたり、タバコを吸ったり。前者には心からエールを送りたいけれど、後者は青春の時間を空費していて、末恐ろしい予感がする・・・』おばあさんはそんなふうに書いておられました。

女子高生の「今時の高校生、格好は悪いけど…」の文章は、『中学校のときは、高校に行っても絶対変な格好はしないぞ、と思っていたけどいざ高校生になってみると、やっぱり回りの人たちと同じようにやっぱり自分もスカートを短くしてしまった。だから外見の印象は良くないと思う。でも中身は普通の人たちと変わらない。外見を整えることも確かに大事とは思うけれど、やっぱり外見だけで判断されるのはイヤ、いずれその人たちを驚かせるような素晴らしい事をしたい…』という内容です。

二つともに、何の飾り気もないとても素直な文章で、対称的でありながらどちらにも真理が含まれているように感じます。現代、軽視されすぎているきらいのある外見をととのえること、これは大切なことです。卒業式や成人式などが何かと議論の対象になりますが、形式にはこだわらないと言いながら、形そのものをなくす、ということにはなりません。

坐禅にしても、まず足を組み、背筋を伸ばして形から入れば、おのづから呼吸が調い心が調います。一寸(いっすん)座れば一寸のほとけといわれます。ここには、心がとても大切だけれども形を整えることを忘れてはならない、という強い主張があります。坐禅に限らず物事は大抵、この両面・すなわち中身と外見、両方に気を配り大切にしなければならないようです。