住職法話集
山の上の魚の漁師さん
以前テレビで不思議な光景を見ました。
いつのことだったか、場所もすっかり忘れてしまいましたが、ともかく魚をとる漁師さんたちの一団が、山に上って山頂付近で木の苗を植えていました。そういうシーンをニュースの画面で見たのです。
何かの記念の植樹でもするのだろうかと思って画面を見ていると、だんだんとその訳がわかってきました。
漁師さんたちは、最近は近海ですっかり魚がとれなくなり、海産物も減ってきて困っていたのです。
どうしてなのか、その理由を色々と調査した結果、こんなことがわかりました。
最近は山の木が少なくなって、木がため込む栄養をたっぷり含んだ水が、あまり海に流れ込んでこない、それでプランクトンや小魚などが近海に寄りつかなくなりました。
ですからそれらをエサにする魚も沿岸には近づかなくなって、沿岸では魚がとれなくなってしまったのです。
魚がいないので、魚が(栄養を含んだ)フンを落とすことも有りませんから、わかめなどの海産物もなかなか育ちません。
そこで漁師さんたちは、山(の土中)に水をたっぷり蓄える事のできる木を植える必要がある、と考えました。
植えるのには、建築材にもならず、燃料以外には何の役にも立ちそうにない、ナラなどの広葉樹のほうが適しているということでした。
広葉樹の葉が散り、枯れてできた土は、まるでスポンジのようにやわらかくて、雨の水を十分に吸収できるし、栄養たっぷりだそうです。
今、漁師さんたちがそれらの木の苗を植えても、木が育って大きくなったときには、たいていその漁師さんたちはいません。
自分達の子孫や、五十年後、百年後の人達がたくさんの魚を取ることが出来るように願って、いま木の苗を植えているのです。
漁師さんたちが自分達のことだけしか考えていては絶対にこんなことは出来ません。
海の命と山の命は、別々のように見えるけれど実は深く結びついているのです。
そして、そうであるなら、山に生えている木のいのちと、漁師さんがとった魚を食べている私達のいのちも密接に結びついていると気づくでしょう。
自分だけがよければそれでいいんだ、という自分勝手な考えはやめて、私達はまわりの人や物、また未来のそれらを見つめる目を持たなくてはいけません。
そうでないと、ものすごく大事な、『いのちのつながり』を断ち切ってしまうことになるのです。
山の上の漁師さんたちは、とても大切なことを私達に教えてくれたと感じました。
|