第1回 四諦・四苦八苦
仏教の根本の真理と言えるのが四(し)諦(たい)・四苦(しく)八苦(はっく)です。
仏教は、大道無門(だいどうむもん・仏教の道に入るのに門はない、という意味)といい法門無量(ほうもんむりょう・教えの数は数限りない、という意味)と言いますからこれを知っていれば十分、知っていなければ不十分という事はないのです。ともかく私自身、何を知っているか、より何を感じるかと言う事こそ大切、というのが信念ですから。

とはいうものの少なくとも仏教に興味があると言う限りは、知っておいたほうが良いと思われる言葉もあります。それを幾つかご紹介いたしましょう。この文が『澄明和尚の仏教講座、その第1回』です。すでに住職法話の中に見える『一切苦』の文章がその③です。その…いくつまでいけるかどうか分かりませんが、少し体系的な文章にも挑戦してゆきたいと思います。
それでは簡単に四諦・四苦八苦の言葉を紹介しましょう。
釈尊は初転法輪(しょてんぼうりん・はじめてお釈迦様が説かれた教えの事)の中で、四諦(したい・四つの真理)四諦とは、
①世の中は本来『苦』であると知ろう(・・・苦諦・くたい)
②苦の原因は、無常と人々の執着とにある(・・・集諦・じったい)
③無常と知り抜き、執着を離れた世界に生きよう(・・・滅諦・めったい)
④滅諦に至るために八正道(はっしょうどう・後述)をふまえよう(・・・道諦・どうたい)、です。
釈尊は、まず
*一切が苦であることを見極め、
*それの原因をさぐり、
*自身はその原因を消滅させ、
*消滅させるための道筋・方法を示されました。
ごく簡単にいいますと、以上が釈尊の四諦の教えです。
簡単ではありますが、お釈迦様の教えは、これにつきると言っても良いほどです。でも、これほど単純であったのかと思うと同時に、我々凡夫(ぼんぷ)にとって執着心を離れることはものすごく困難な事、と感じざるを得ません。
釈尊は苦諦の中で、世の中は本来『苦』であると示されていますが、苦にはどのようなものがあるのか、釈尊のお言葉を借りて見てゆきましょう。
「私たちはこの世に生まれたのであるが、生まれるということは苦(生苦・しょうく)である。生まれればかならず老いるが、老いも苦(老苦・ろうく)である。病気になって衰弱することもあるがこれも苦(病苦・びょうく)である。死もまた苦(死苦・しく)である。いやな人と会わなければならないことも苦(怨憎会苦)である。愛するものと離別しなければならないことも苦(愛別離苦)である。欲しいと求めても得られないことがあるが、これも苦 (求不得苦)である。執着によって起こる心と体とそれをとりまくすべてのものは苦(五蘊盛苦)である。前にあげた四つを加えてこれら全てを四苦八苦(しくはっく)という…」
仏教講座その第2回として八正道(はっしょうどう)を次回ご紹介します。