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易しい仏教講座

第3回 一切苦(いっさいく)

釈尊は、「この世の中は、本来、苦である」と示されています。
釈尊は、ずっと昔、2千5百年も前に、いわゆる苦しい修行をしたから「この世は苦」と言ったに過ぎない、現代に生きている我々とは関係ない、などと考えるのは大きな錯覚です。長く座っていて足がしびれ痛くなったとしても立ち上がればすぐ治ります。そのような苦しみも確かにありますが、人間として生まれた限りはどうしてもさける事のできない様々な苦しみに釈尊は注目なさいました。釈尊は、すべての人々に共通する根本的な真理に到達されたのです。

妙心寺派管長・松山寛恵老大師は「人生というものは、面白くないこと、腹の立つこと、つらいこと、悲しいことが多いんであって、楽しいことはそのおまけみたいなものじゃ」とおっしゃっています。

またある時、朝日新聞の天声人語の中で俳優の高倉健氏のこんな言葉に出会いました。

「仕事っていつもいつも楽しいことなんてありゃあしないよ。志高くやっててみんなうまくいくなんて、それもないと思うな、僕は。ほんのたまに、ちょっとあるだけですよ。ああ生きてるの悪くねえなって思うのがね。それも一生懸命やってないと、きっとないと思いますよ。…」特別に作られた言葉ではありません。長い年月、第一線の俳優として活躍してきた彼の本当の実感だろうと思います。

どちらの言葉も、現代の人々にとっては、もしかしたら悲観的な見方のように感じられるかも知れません。現代社会は人を喜ばせようとする事柄があまりに満ちあふれすぎていて、一見、人生は喜びなんだと錯覚させられている人が多いからではないでしょうか。でも『人生は喜び』であるのならば、人はなぜ、悲しみ、苦しみ、そして汗をかかなければならないのでしょうか。一度よく考えてみる必要がありそうです。

ここにご紹介したお二人は、悲観的で消極的な人生を歩んできたわけではありません。特に管長様は、人生がより有意義であれと常に念じられて、生きていらっしゃったに違いありません。『楽しいことは人生のおまけみたいなもの』という考え方を基本にすれば、人生をより有意義なものにできるんだ、と感じます