第5回 懺悔
『懺悔』はふつう『ざんげ』と読みますが、『ざんげ』というとキリスト教的な感じになるように思います。仏教では『さんげ』というほうがよいでしょう。
『懺悔』はサンスクリット(古いインドの書き言葉)のサンマーが語源だから『ざんげ』と言うより『さんげ』の方が正しい、という主張を以前聞いた事が有ります。
ともかくキリスト教でも仏教でも『悔い改める』ということである懺悔は、それぞれその信仰の基本という気がします。
ただキリスト教の『懺悔』は、自分の意識した過ちやら罪を悔い改める、という面が強いのに対し、仏教の『懺悔』は、それまで意識していなかった過ちや罪を意識させ、悔いあらためることを要求するものだ、という違いが有るように思います。
たとえば我々の生活において欠くことのできない、『ものを食べる』という行為は、動物や魚、野菜や果物などの生物の命を奪っている行為です。その行為はキリスト教では懺悔の対象とはならないと思いますが、仏教では懺悔の対象であり、人間はそういう存在(他の命を奪わないと生きてゆけない存在)であることを気づかさせることこそ、仏教の最も大切な基本です。
勿論、物を食べるという事をやめるというわけには行きませんが、まず、自分はそういう存在(他の命を奪わないと生きてゆけない存在)なのだと意識する事は本当に大切な事だ、と感じます。