第8回 六道(ろくどう)
『六道(ろくどう)輪廻(りんね)』という言葉を聞かれたことがあるでしょうか。地獄(じごく)・餓鬼(がき)・畜生(ちくしょう)・阿修羅(あしゅら)・人(じん)・天(てん)の六つが六道で、この六つの世界(道)を、我々は生まれかわり死にかわりしながらぐるぐるとめぐるのだ、現世(げんせ)での行いが次に生まれかわる世界を決める…、というのが『六道(ろくどう)輪廻(りんね)』です。
この『六道(ろくどう)輪廻(りんね)』の思想は、一般的には仏教の専売(せんばい)特許(とっきょ)のように考えられていますが、実は、お釈迦様よりもっと古くからあるインドの宗教的思想なのです。仏教が長い時間をかけて、ひろい地域に伝播(でんぱん)してゆくに従って、『六道(ろくどう)輪廻(りんね)』の思想が仏教の思想として伝えられた、と言うのが実情ではないでしょうか。
しかし、いつまでも六道の中を、ぐるぐるとめぐる繰り返しを続けていないで、仏教の教えに従い、さとりを得たならばその繰り返しを断ち切ることが出来ますよ……そのことこそがお釈迦様の教えの根本なのです。
最も大事なことは、そして最も強調されなければならない事は、『六道(ろくどう)輪廻(りんね)』はただ死んだあとのことだけだろうか、と考えてみる事です。
もし死んだあとの話だけならば、釈迦の教えそのものがまったく意味はないといってもよいのではないでしょうか。
例えば他人に怒りを感じて口ゲンカでもするならば、心は六道の中のアシュラそのものです。また、人をうらやんであれが欲しいこれが欲しいというならば、それは餓鬼(がき)の世界に陥っていると言えるのではないでしょうか。
まさに私たちの人生そのものが、『六道(ろくどう)輪廻(りんね)』なのです。私たちは、いまの人生の中で、六道の中をぐるぐると周(まわ)り続けているのです。
それを抜け出そうという教えが仏教です。