第10回 愛別離苦(あいべつりく)
愛別離苦(あいべつりく)とは、愛する人や頼りにし合った人(もちろん人に限りませんが)と別れなければならない苦しみのことです。親や兄弟姉妹、また恩師などと死別することの苦しみ悲しみは、何にたとえようもありません。釈尊伝の中にこんな逸話があります。
釈尊が祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)に滞在して修行者たちを導き、説法なさっていた頃のことです。祇園精舎の近くの町に、キサーゴータミーという若い母親が小さな男の子と二人で暮らしておりました。ところがその子が2才になったばかりのある日、風邪をこじらせて突然死んでしまったのです。
彼女は半狂乱になって、子供の遺骸を胸にだいたまま家を飛び出し、だれかれとなく行き交う人々に大声で泣きついて懇願しました。
「だれかこの子を助けてくださあい。病気を治して生き返らせてやってくださあい」気の毒に思った通りがかりのある人が彼女にこう言いました。
「残念だが私には何もしてあげられない。だけど、祇園精舎におられるお釈迦様のところへ行ってごらん。あのお方なら何とかしてくれるかもしれない」
彼女はさっそくお釈迦様の所へ行きました。そして両手に子供の遺骸をささげ持ったまま、必死で頼みました。「この子を助けてください、生き返らせてやって下さい」
お釈迦様は静かにこう答えられました。
「よしわかった。その子を生き返らせてやろう。しかしその子に飲ませる薬がいる。その薬を作るためにはケシの実が必要なのだ。ケシの実をいろんな家からもらって集めてきなさい。ただし、そのケシの実は、かつて一度も死者をだしたことのない家のものでなくては効き目がないのだ。その事を決して忘れてはいけないよ」
彼女はぱっと眼を輝かし遺骸をだいたまま飛び出してゆき、そしてある家に飛び込み、ケシの実を下さいと頼みました。その家の人は、取り乱した彼女の姿に驚いてケシの実を渡そうとします。その時、彼女はさっきのお釈迦様の言葉を思い出して、こう尋ねました。「あのー、この家では今までに死者をだしたことはないでしょうね」
「いえ、私の大事な母が3年前に死んでしまいました」それを聞いてはキサーゴータミーはケシの実を貰うわけにはゆきません。彼女はその家を飛び出し、次の家に飛び込みました。ところがその家の人も「夫が5年ほど前に死にました…」と言うのです。そのつぎの家は「子供が2ヶ月前に…」次の家も、またその次の家も……。
一軒一軒訪ね歩くうちに、彼女は『ああ、すべての人が大切な家族の人をうしなって、その悲しみの中で、その悲しみを乗り越えながら生きているんだなあ』と少しずつ得心していったのです。嵐が過ぎ去ったあとの海のように、彼女の心が次第に落ち着いてゆきました。歩き回った彼女は、すっかり静かな心となり、お釈迦様のもとにとぼとぼと帰りました。そして、子供を手厚く葬り、以後お釈迦様の教えにしたがって生きてゆく決意を述べた、ということです。・・・
子供は必ず親から生まれてきます。ですから、先祖のない子孫は絶対にいません。このお話は、全ての人にとって愛別離苦がのがれることのできない苦しみである事を示すと共に、静かな心を取り戻す事がいかに大切であるかを教えてくれています。