第11回 求不得苦(ぐふとっく)
欲しい欲しいと思っても、それが手に入らないことはいくらでもあります。それが求不得苦(ぐふとっく、またはぐふとくく)です。
また、特に物が豊富になっている現代、無理していろいろ買っているうちに、サラ金の借金がふくらんでしまい、家族が一緒に暮らせなくなってしまう、そんな事も近頃ではよく耳にします。
そういう人々に限らず一般的にも、求めるものを夢中で追いかけて手に入れたと思っていると、もっと大事なものを失ってしまったというような事がよくあります。この求不得苦にあまり振り回されることが無いように気をつけなければなりません。

仏教の教えの中の代表的なものに、『知足』(ちそく)があります。知足は足る(こと)を知る、と読みくだします。『知足』に目覚める事が求不得苦の解消には不可欠です。
学生時代、この『知足』を読みくだしてみろ、と先生に言われ、私は「あしをしる」と言ってしまいました。「お寺の子供のくせにこんな大事な言葉も知らんのか!』と、ひどく怒られたのを思い出します。でもそのおかげでこの大事な言葉は私にとって、とても印象深いものになりました。
『知足』とは
- 質素だが、いまあるものの有り難さに目覚めること
- いまあるものを生かしきること、です。
この教えに徹底した生涯を過ごされたのが、有名な禅僧・良寛(りょうかん)和尚です。良寛さんは、岡山県の玉島(たましま)にある円通寺(えんつうじ)という曹洞宗の禅寺で、長く修行を積まれた後、生まれ故郷の越後(えちご)に帰られ、粗末で小さな小屋で一衣一鉢(いちえいっぱつ・ころも一枚、鉢がひとつ)の暮らしをなさいました。その良寛さんが残された俳句です。
鉄鉢(てっぱつ)に 明日の米あり 夕涼 (『良寛物語』大山澄太著より)
托鉢(たくはつ)を終えて、道端の木陰に腰を下ろして夕暮れの風の中にたたずんでいる穏やかな良寛さんの姿が目に浮かびますね。