第12回 五蘊盛苦(ごうんじょうく)
五蘊(ごうん又はごおん)は仏教学的には色(しき)・受(じゅ)・想(そう)・行(ぎょう)・識(しき)の五つのことです。色は身体を含めた物質全般、受以下は、すべて心の作用を表します。五蘊は『物質と精神』と言い換えることができるでしょう。
物質に執着して様々な精神作用(好悪(こうお)、損得などの分別心(ぶんべつしん))が盛んに起こってそれが苦しみのもとになる…となると五蘊盛苦はとても大きな意味合いの苦しみ、ということになります。五蘊盛苦が四苦八苦をあわせた総合的な苦しみをさす、とされるゆえんです。この事も知っておいていただきたいと思います。
しかし強調させてもらいたいのは、五蘊盛苦は、求不得苦(足りない足りないと思う苦しみ)に対比させて、有り余って困る苦しみだ、ととらえる見方もあるということです。たとえば、お金があり過ぎてどうしたらよいか、人にとられたりしないだろうか、と思い悩むのが五蘊盛苦(ごうんじょうく)です。
財布の中身や預金通帳の残高は一体どのくらいが適当なのでしょうか。あり過ぎても困るし、なさ過ぎても困ります。持っているお金の額のことだけではありません。知識は?学歴は?子供に対する思い入れは?と心の中を振り返ってみてください。
振り返ってみると、我々は五蘊盛苦と求不得苦の間を行ったり来たりしているようです。しかしいつまでもそんな繰り返しを、右往左往を続けていてもよいのでしょうか。早く自分の人生にあった『ほどよさ』を見つけることが大切です。
その為には『知足(ちそく)』がキーワードとなります。物に執着する気持が高じないよう、またそれをうまくコントロールできるよう気をつけなければなりません。
『臨済禅中興の祖』と称される、江戸時代の禅僧・白隠(はくいん)禅師の残された俳句をご紹介いたしましょう。
物もたぬ たもとは軽し 夕涼
『物もたぬ』ということは、逆にいえば(目に見えないものは)何でも持っている、ということです。特に、白隠禅師はそうだったに違いありません。たもとが軽くなれば自由闊達(かったつ)なはたらきができやすくなります。我々の人生もそれに近付きたいものですね。