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易しい仏教講座

第22回 お経は『たていと』

葬儀や法事は単なる儀式ではありません。それは儀式の場であると同時に、授業の場でもあるといえます。

お経は、二千数百年も前に、釈尊が説法なさったお言葉を今日に伝えているものです。
葬儀や法事の場で、和尚さんがとなえる『お経』の内容(言葉の意味)が、たとえば水がスポンジにしみこむように聴いているみんなの頭の中に入って行けばいいのに、と思わされることもよくあります。
しかし、限られた短い時間内で、皆に誤解を与えることなく真理を理解させ、しかも荘厳な雰囲気を保ち続ける(そのことも大変重要なことです)ことは、現状では、多くの一般の僧侶たちにとってはまず不可能といってもよいでしょう。

 おのずと僧侶は、こま切れの知識を提供せざるを得ません(たとえば、この仏教講座のように・・・)。

ところで、『お経』は釈尊の説法であるということと共に、忘れてはならないもう一つの大切な意味があります。

おきょうの『経』という文字は織物の「たていと」の意味なのです。

 織物は縦の糸と横の糸をしっかりと組み合わせることで、美しい模様を描き出します。
ところが、ここが重要な点なのですが、縦糸は目に見えません。見えているのは全部横糸で、目には見えないけれど、もしその『たていと』がゆるんだり、ぷっつり切れたりすると、きれいな模様がたちまちゆがんでしまうだけでなく、『たていと』で繋がれていた横糸は一本一本ばらばらになってすべてが台無しになってしまいます。
『経』は目に見えない所でとても大切な仕事をしているのです。

お経を、たとえば法事などで家族や親族や知り合いが一緒になって唱えることにより、『見えないたていと』で、結び付けられる、といえるかもしれません。
たくさんの人々の中には、お経の意味をすぐに理解できる人々もそうでない人もいます。
でもどんな人でも、声を合わせながらお経を唱和することによって、それらの人々が『見えないたていと』によって結ばれ、一体感を持つ。『お経』にはそんな意義があることも忘れてはなりません。