第29回 名僧列伝3 六祖慧能
六祖慧能
(ろくそえのう)曹渓慧能
慧能禅師は、達磨大師を初祖とする禅宗の第六祖とされる方で、『六祖慧能(ろくそえのう)』という呼び名で知られています。
また曹渓山宝林寺というお寺にいらっしゃったので、曹渓慧能ともお呼びします。
ただ普段は、お寺の中でも、慧能禅師のお名前は、達磨大師や臨済禅師のように頻繁には拝まれないので、もっと広く皆に知られるようになればいいのに、と感じています。禅宗の歴史の中でとても重要な方、と言えると思います。
慧能禅師は、若い頃は、病気の母親を養いながら炭焼きをなりわいとしていたと伝えられています。
あるとき、山を降りて街中で、薪や炭を売り歩いていると、どこからか読経の声が聞こえて来ました。
もちろん、お経の意味はわからなかったものの、その読経の響きに何か心ひかれるものをおぼえて出家なさったそうです。
禅師は五祖弘忍(ごそぐにん)禅師のもとで出家修行しようとするのですが、その時ある人が「(中国の)南部の人間などに厳しい仏道修行がつとまるものか」と彼をあなどりました。
それに対して出家前の慧能禅師は、こう答えたのです。
「人に南北の別ありといえども仏法(ぶっぽう)に南北なし」
当時の中国では、南部出身の人間は野蛮人であると差別されていたのだと思われます。でも仏の教えの前ではそんなことは何の関係もない、と出家前の慧能禅師はおっしゃったのです。