久昌禅寺の沿革
豊岳山久昌寺
所在地:岡山県玉野市用吉415
臨済宗妙心寺派
児島霊場61番・中国薬師霊場第九番
久昌寺は臨済宗妙心寺派の寺院である。
本尊釈迦如来。戦国時代以前の創建とされ約五百年の歴史を持つ。創建の年代、創建の人物ともに不詳。
ただ、戦国時代、当地はのちに天下統一を果たした豊臣秀吉と、中国地方の雄であった毛利氏の勢力がぶつかり合った所であり、その勢力争いの戦いの中で、久昌寺の裏にある常山のお城は落城した。(1575・天正3年)。
常山城落城時の城主であった上野隆徳(たかのり)の兄が臨済宗寺院(吉備郡真備町・報恩寺)の住職であったことから、上野氏が久昌寺を創建した可能性は非常に高いと考えられる。
また常山城落城のおり難を逃れたと伝えられている薬師如来坐像が久昌寺に現存している。
久昌寺のえとまもりダルマ大師
久昌寺は禅宗寺院であるのでダルマ大師をおまつりしている。達磨大師は今から約千五百年前、インドから中国へ仏法を伝えたとされる方で禅宗の祖とされる人である。中国の嵩山少林寺(すうざんしょうりんじ)で、面壁(めんぺき)九年の坐禅を行なった、とされる。当寺のえとまもり達磨大師石像は昭和59年より毎年一体ずつ開眼し、平成7年に十二支全部の石像が完成した。
聖観世音(しょうかんぜおん)菩薩像
ブロンズ製で高さ約2メートルのこの立像は文化勲章受賞者である北村西望(せいぼう)先生の作品であり、昭和59年に久昌寺の前庭にお迎えした。北村先生は昭和62年、104歳で他界されたが、観音様は今も慈悲あふれるまなざしで久昌寺に参詣する人々を見守っている。