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久昌通信

久昌通信141号おもて

久昌寺第七世・頑翁和尚

 三寒四温といえば春まだ浅い時期の様子を表す言葉です。
今の時期はちょうどその逆といったらよいのか(言い表す言葉を知っている方がいらしたら、教えてください)、寒い日、暑い日を繰り返しながら、だんだんと寒さへと向かっている、そんな感じですね。

来月の1日に予定されております久昌寺開山忌(旧ダルマまつり)の案内状がまもなくお届けできます。
総代さん方には、また大変お世話になりますが、どうぞよろしくお願いいたします。

 表題のお話の前にひとつご紹介します。
皆さん、秋の花のナデシコはご存知でしょう。そのナデシコは『撫でし子』だということを、先般テレビを見ていてはじめて知りました。
テレビのクイズ番組で、「子供を可愛がる」という意味を込めた言葉が語源となっている、秋の花は何?」という問題がありました。
答えは『ナデシコ』(全面的にテレビを信用してはいけませんが、誤解だとしても悪くない誤解です)。ナデシコの花を見かけたら、それは子供の頭を撫でてやりなさい、という暗示なのかもしれませんね。


現在久昌寺本堂の床の間に、二つのお軸.がかかっています。
向かって左側が、久昌寺第七世・頑翁(がんのう)和尚の姿を描いた頂相(ちんそう)で、右側のお軸にはそのお名前(号)の由来(名づけた方のお墨付き)が書かれています。
どちらのお軸も、画や文字以外の部分がかなり痛んでいましたので、表具屋さんに再表装を頼んでおりましたのが先日出来上がりました。
画と文字はもちろんオリジナルですが、まるで新品のように面目を一新しましたので、皆様にご披露いたします。

 頑翁と命名しその由来を書かれたのは、画聖と言われる雪舟(せっしゅう)が小僧時代を過ごしたことで知られる、総社市にある宝福寺の江戸期の住職である『大休』和尚様。
その時期は安永2(1773)年です。

『頑翁』は頑(かたく)なな翁(おきな)ですから、言葉は悪いですが、いわば『がんこジジイ』という意味です。
そのように号を付けた理由というのが、『この老人は、ほかの事は一切考えず、常に《アラハシャノウ》という文殊菩薩(もんじゅぼさつ)の真言をとなえているので』ということです。

実は、肝心な《アラハシャノウ》の部分が読めなくて(凡字で書いてあります)長い間困っていましたが、この機に薬師霊場8番の恩徳寺(おんとくじ)(真言宗、岡山市沢田)のご住職に手紙で尋ねましたら、すぐに教えてくださったのです。
教えてくれてとても有難いと感じたのと同時に、そのおかげで久昌第7世・頑翁和尚の人柄が大いにしのばれて、二重に感激した次第です。



久昌通信141号うら

この人、誰?
上の写真は、昭和18年(西暦1943年)閑栖和尚(現在85歳です)出征の時に、久昌寺山門前で撮った集合写真です。
非常に多くの方のお顔が写っており(ご近所の方々がほとんどだと思います)この写真をはじめて見たときから、当然のように『この人はいったい誰なんだろう』思ってきました。
数年前から、機会あるごとに人に尋ねまして、どうやら半分ほどの方が判明しました。

少し顔が見にくくて申しわけありませんが、『この人は、もしや…あの人』と思いあたられましたら、お寺までご一報ください。
ちなみに久昌寺には、横1メートルほどに拡大した写真もあり、顔もはっきりわかります(元の写真を拡大しました。とてもよい写真です、私が今使っているデジタルカメラではとてもかないません)。
前列の中央、タスキをかけているのが久昌閑栖・明秀、向かって右に智香(ちこう)(明秀の母)、反対側に正道(まさみち)(明秀の弟)、その隣が幸子(明秀妹・東京在住)です。女学生姿の幸子おばさんから左2人目が、久昌寺・元副檀頭大賀義夫さん(に間違いないと思いますが)の若々しいお姿が写っています。何しろ古い写真ですので、手がかりがだんだんと少なくなってゆきます。重ねてのお願いになりますが、どうか『この人は…』と思いあたられましたら、お寺まで是非ご一報ください。

ついでに、というのも変ですが、もう少し古い写真です。恐らく明秀の父・宗(そう)柏(はく)和尚が撮影したもの、と想像されます(それともプロ?)。宗柏和尚が昭和7年に遷化(せんげ)していますので、恐らく大正末期~昭和初期でしょう(元の写真には撮影日時の記録はありません)。本堂の前の庭に50人ほどがきちんと並んで、ハイ、パチリ。子供たちの着物姿、そしてきちんと正座をしている姿が何ともいえません。恐らく土の上にゴザを敷いて、そこに正座しているのですから、足はかなり痛いですよ。
まず、誰かというのはわかりようがない、と思いましたのでこれまでご紹介しませんでした。もし万一心あたりがございましたら、こちらのほうもどうぞご一報ください。