久昌通信144号おもて
(2008年3月1日発行)
寒い日が続きます。この冬は例年より雪が降ることも多く、雪景色も数回見られました。今月16日(日曜日)、午前10時から2年に1度のねはんえ・弔門(ちょうもん)法要が行なわれます。参詣者の取りまとめや集金など、役員さんはじめ地区総代の方々にはさまざまご尽力いただいて大変有難く感謝いたします。どうぞ宜しくお願いいたします。
裸まつり
このあたりで裸まつりと言えば、何といっても岡山市・西大寺の観音院の裸まつり(会陽・えよう)です。
我々は、裸まつりと言えば西大寺・観音院の会陽に尽きる、という印象を持っておりますが、日本全国には2月頃、さまざまな裸まつりがあるようです。
そんな中で、岩手県の黒石寺(こくせきじ)で千年以上前から毎年行われてきた、蘇民祭(そみんさい)が今年はずいぶん有名になりました。
PRのために作られた蘇民祭のポスターが、JRの駅に貼るにはふさわしくない、と拒否されたことが、大々的なニュースとなって、『蘇民祭』の名前が広く知られるようになったのです。
JRの駅に拒否されたせいで、結果的にはポスター数百万枚にも価する宣伝効果があったのではないでしょうか?
ポスターのモデルにされ、ワイセツだとやり玉に挙げられ、今年はお祭り参加を自粛したヒゲ面の男性は大変気の毒でしたが、蘇民祭をPRする、という目的は十分すぎるほど果たすことができた、と言えるでしょう。
岡山市の西大寺観音院の裸まつりは、毎年2月の第3土曜日に行われ、裸の男たちが福男の象徴である神木(しんぎ)を奪い合います。
岩手県の黒石寺の場合は、祭りは旧正月七日から翌朝にかけておこなわれ、やはり裸の男たちが蘇民将来(そみんしょうらい)の護符を奪い合うのです。
これを初めてニュースで聞いたとき、私の頭の中に真っ先に浮んだのが、檀家の皆様に毎年暮れにお届けしている戸守(とうぶり)のことです。
戸守がいつから始まったのかよく分りませんが(おそらく江戸時代)、戸守のおふだの中の一つ(半紙の二つ折り)に、蘇民将来子孫宅也(そみんしょうらいしそんのたくなり)と繰返し記されているのです。
岩手県の蘇民祭の蘇民は、戸守の蘇民将来と同じだな、と思いました。蘇民祭では蘇民将来の護符をめぐって、男たちが争いますが、久昌寺では争わせることもなく皆に配っている、というわけです。
それはともかく、蘇民将来子孫宅也(そみんしょうらいしそんのたくなり)とおふだに記されている、その蘇民将来とはいったい何者でしょうか?
『備後風土記逸文』(奈良時代)の中に次のような記述があります。(現代語訳)
むかし北海の武塔神(たけあきのかみ)が、南海に嫁いでいる自分の女(むすめ)のところに行く途中、日が暮れて難渋していた時、その土地に蘇民将来と巨旦(こたん)将来という兄弟が住んでいることを聞きました。
兄の蘇民将来はとても貧乏で、弟の巨旦将来は百の屋舎を持つほどに富裕でした。
武塔神が難渋して弟の巨旦将来のところに宿を借りに行ったのですが、惜しんでかそうともしません。
ところが、兄の蘇民将来はよろこんで一夜の宿を供し、栗飯で接待しました。
感謝した武塔神は「我は速須佐能神(はやすさのおのかみ)である。疫病などが流行したときは『蘇民将来の子孫である』と言って茅の輪を腰につければ疫病からのがれられる」と言いました・・・
以上の事を調べ教えて下さったのが、去年亡くなられた茂曽路の福島二郎さんです。
ご冥福をお祈りすると共に、お医者様もいない、薬もない時代に、真剣に疫病よけのお札を拝んでいた昔の人々の姿が目に浮かびますね。
久昌通信144号うら
おもての今月の予定に書いていますように、16日は涅槃忌奉賛の弔問法要(ねはんえ)です。
以前ある所で、涅槃会についてご紹介の文章を書きましたので、掲載いたします。
(一部改)
涅槃会(ねはんえ)
涅槃会とはお釈迦さまのご命日の旧暦二月十五日ごろに、全国の寺院でお釈迦さまをしのんでいとなまれる法要のことです。
願わくは花のもとにて春死なん
そのきさらぎの望月(もちづき)の頃 西行(さいぎょう)法師
お釈迦さまは、旧暦二月(如月・きさらぎ)の満月の夜にお亡くなりになりました。
この和歌に触れるたびに、お釈迦さまの「大いなる死」に対する西行法師の熟いおもいが、ひしひしと胸に迫ってくるような気がします。
お釈迦さまはいまから二千五百年のむかし、お悟りを開かれた後、五十年近く、インドの各地を旅してまわられ、行く先々で悩み苦しむ人々を、言葉や行動で救済されました。
当時のことですから、ご自分の二本の足だけがたよりの旅でした。
八十歳になられたお釈迦さまは、ご自分の死期の近いことを感じられながらも、病をおして、生まれ故郷を目指して旅立たれました。
その途中、重病となられて、ついにクシナガラというところの沙羅の樹のもとで、静かに息を引き取り、涅槃に入られました。
最後の旅路は、現在、バスで行けば十時間ほどの距離にしかすぎませんが、お釈迦さまは果たしてどのようなお姿とお心で歩かれたのでしょう。
杖をたよりに、わずかなおともを連れて、ゆっくりと畑の中の道を歩まれておられる光景を想像すると、胸が熱くなってきます。
「涅槃に入る」はお釈迦さまがお亡くなりになったことを意味するとともに、煩悩(ぼんのう)の炎がすべて消えて安らかな境地にいたることを意味します。
毎年、涅槃会を迎えるにあたり、お釈迦さまに、そしてその尊い教えに思いを馳せることは、忙しい現代の人々にとって意義深い、大切なことです。
大本山妙心寺開山無相大師650年遠諱団参のご案内
本山の遠諱団参(おんきだんさん)を下記のとおり計画いたしました。1日目は竜安寺と本山まいり、2日目は京都市内観光(水戸黄門に扮した俳優がバスに同乗し、ガイドをつとめます)という日程です。檀家各家には、申込書付き案内状をお届けしております。
どうぞ皆様、お誘い合わせの上、ふるってご参加くださいます様、ご案内申し上げます。
期日: 平成20年4月11日(金)~4月12日(土)
会費: 33,000円(本山参拝料・団参諷経料含、1泊4食、お飲物付き)
日程:
4/11(金)・・・ 8:00久昌寺出発―≪高速道路≫-11:30京都竜安寺―12:50妙心寺花園会館≪昼食≫15:00より法要
(夕食、宿泊は花園会館?075-461-6857)
4/12(土)…9:3O会館出発―京都市内観光(俳優同行・水戸黄門漫遊記)-11:45ししゅうやかた≪昼食≫-13:45東映太秦映画村15:00出発―≪高速道路≫―
―18:30久昌寺帰着予定
《募集人員:30名》
3月31日(月)までに会費を添えて久昌寺へお申込み下さい。
遠諱大法会(おんきだいほうえ)って?
平成21年は妙心寺のご開山(初代住職)さまの650回忌にあたります。この50年毎に行われる大法要のことを“遠諱(おんき)”といい、妙心寺ではこれを機に「どう活かす わたしのいのち」をテーマとして掲げ、大法要のほかさまざまな記念事業を通じて、「いのち」の大切さを世に問いかけて参ります。(妙心寺HPより抜粋)