平成20年11月久昌通信150号
アイスランド
昼間は結構暖かいのに朝晩は冬の寒さの日が続いています。
油断のせいか、十月の下旬には風邪にやられて、少し休んでしまいましたが、無事復活です。
天候不順の折、どうぞ皆様くれぐれもご用心、ご用心。
アメリカ発の金融危機(経済危機)が世界中に広がり、北極に近い国・アイスランドが大変なことになっている(もちろん日本も円高などいろいろと大変ですが…)というニュースをききました。
アイスランドからは外国の資本が一斉にひきあげたり、銀行はすべて国有になってしまうなど、金融立国を目指していたアイスランドの大変さは日本の比ではないようです。
このニュースを聞いて、あれっ『アイスランド』という名前を少し前に聞いたよなあ…と思いめぐらしていると、思いだしました。
5月頃、世界的に有名なイギリスのエコノミストという雑誌が発表した世界平和度ランキングでアイスランドが1位になったというニュースがありました。
つまり、2008年、アイスランドは世界中で一番平和な国だと評価されていたのです(ちなみにこのランキングでは、日本は5位です。中国は67位、アメリカは97位)。
短い間に、世界一平和だと評価されたり、また世界中で一番経済の危機に苦しんでいる国だと言われるこの国に非常に興味を惹かれて、少し調べてみました。
アイスランド、正式にはアイスランド共和国、北ヨーロッパ、北大西洋にある国家。首都はレイキャヴィク(首都が特徴的な名前ですから、ここまでは何となく覚えていました)。人口は約30万、広さは北海道と四国をあわせたぐらいです。
アイスランドは、世界でも数少ない『軍隊を持たない国』で、このことが平和ランキング1位の大きな要因です。
また、長い間アメリカ軍の基地がありましたが、現在はその基地は閉鎖しており、米軍はすべて撤退しました。
ただ、今度の経済危機で混乱しているアイスランドに、ロシアが援助を申し出ていて、アメリカはアイスランドから撤退するのが早すぎたのでは?とやきもきしている意見もあるようです。
以上のこと以外に、この国で特筆すべきことが二つあります。
今から千年ほど前に北ヨーロッパの1部の人々が移住したのがアイスランドのはじまりですが、それらの人々は民主的な合議による自治を目指し、世界最古の民主議会・アルシングを創設したのです。
そしてその民主の自治は300年ほども続きました。
もうひとつは、そのアルシングの時代、アメリカ大陸を初めて訪れたヨーロッパ人が、(コロンブスではなくて)アイスランド人のレイフ・エリクソンだったということです。
これはコロンブスによるいわゆる『アメリカ大陸の発見』より約500年も前のことで、カナダで関連の遺跡が発見・発掘されたことによって、真実であることが証明された、ということです。
久昌通信150号うら
金烏祭(きんうさい)
10月の初めから蔵と書院の屋根工事が始まり、月末には完了しました(詳細をまた別の機会に報告させていただこうと思ってます)。
そのために蔵の二階から多くのものを運び出しました(もちろん私は指をくわえて見ているばかり、妻と手伝いの方が奮闘したのです)。
金銭的に高価と思われるものは何もありませんでしたが、なかなか古い興味深いものがありましたので少しご紹介いたします。
昔使っていた、寺から檀家へお配りするお札を刷るための版木(はんぎ)がいくつか出てきました。
いつごろの物なのかわかりませんが(江戸後期?)、ともかく埃をかぶっていてはどうにもならない、というわけで流し水の中でゴシゴシこすってみましたが、黒い水が一向に透明になってゆきません。
考えてみれば、長年墨をつけて数え切れないほどのお札を刷った版木です。
少々水でこすっても、黒い水があふれるばかりできれいになるはずがありません。
そのことにその時やっと気づいて、表面をきれいにするのはあきらめて、表面をざっと雑巾で拭くだけにしました。
まちがいなく、これらの版木には数百年前の墨が染み付いています。
興味がある方はどうぞ調べてみて下さい。
もちろん版木の文字を読むことはできます。
一番目についたのは長さ30㎝ほどの『金烏祭守護(きんうさいしゅご)』の版木です。
金烏とはお日様・すなわち太陽の事です。
太陽を、空の東から西へと渡ってゆく黄金の鳥にたとえた結果、こういう言葉が残ったのです。
ちなみに、お月さまは『玉兎(ぎょくと)』と言います。まるい月の中にウサギがいるという伝説に基づいていると思われます。
『金烏祭』はお日さまをおまつりする法要の事に違いありません。
また『日輪尊供祈祷』という版木もありました。
『金烏祭守護』の版木と同様に、昔久昌寺でお日様をまつる法要が行われていた証拠と言えるでしょう。
また、久昌寺は違いますが、真言宗が『大日如来』をご本尊としていることを思うと、日本仏教と『お日さま』とは切っても切れない縁がある、という事でしょう。
6年前に、百歳目前で亡くなったおばあちゃんが、毎朝目が覚めると、朝日の光が差し込む入口の扉を開けて、合掌して朝日を拝んでいた姿を思い出します。
ところで、岡山城のことを黒いお城だから『烏城(うじょう)』(またはカラス城)というニックネームなんだ、と昔聞いて、そうなのだとばかり思っていました。
ところが、今回、岡山市のホームページをみると『岡山城は金烏城』だと紹介されています。
となると岡山城は太陽城なのでしょうか?。
『烏城』が正しいのか『金烏城』が正しいのか、どなたかご存知でしたら教えてください。
おふだの版木と一緒に久昌寺の寺紋の入ったお菓子を作る木型が出てきました。
そのまま使えそうなほどきれいなので(あまり古くない?)、今度何かの時に使えたらなあ、と思ってます。