久昌寺にようこそ
豊岳山久昌寺 豊岳山久昌寺のホームページメニューを右に表示しています
豊岳山久昌寺のホームページにようこそ!



久昌通信


久昌通信160号 (平成22年3月号)
 
    
六度(ろくど・六つの渡し舟)

春のお彼岸の月になりました。
仏教(釈迦の教え)を簡単に言えば、悩み苦しみの満ちたこちらの
岸(此岸・しがん)から安らぎの向こう岸(彼岸・ひがん)に渡ろう…
ということになります(六度の度は渡の意味。すなわち彼岸にわ
たるという事です)。
 仏教の生まれ故郷であるインドでは、川幅が非常に広いのです。
こちらの岸辺に立つと向こう岸を見る事ができないくらいです。
そして今の日本では想像がつかないほど、普段の日常生活は苦しくつらいものでした。
ですから、見ることのできない向こう岸に素晴らしいところ、ユートピアがあるのではないかという向こう岸へのあこがれはずっと強いものがありました。
仏教の、此岸と彼岸という考え方はそんな事実からでてきたと思われます。
こちらの岸から向こうの岸へわたるための六つの渡し舟が六度です(すぐに渡れる便利な橋は有りません)。
その六つとは、
布施(ふせ)・持戒(じかい)・忍辱(にんにく)・精進(しょうじん)・禅定(ぜんじょう)・智慧(ちえ)です。ごく簡単に説明します。
この渡し船に乗ろう、というのは、これらの事を実践しましょうという事に他なりません。
毎日一つずつ実践すれば、7日目には彼岸にたどりつくというのが日本古来の「おひがん」の考え方なのです。

この六つについて1つずつ来月からお話ししてゆくつもりです。
ところで宇野から高松へ渡る宇高航路は本当に無くなってしまうのでしょうか。
縮小されるのは仕方ないとしても、何とか存続してほしいものです。


*仏教のお話で「三カク長者」というかなり有名なお話があります。ご紹介しましょう。

      
三カク長者

昔インドで、ある人が、恥を掻いてでも、義理を欠いてでも欲を懸いて、一代のうちに大変な財産を築き上げました。
その結果、彼は「恥掻く義理欠く欲懸く」というので、「三カク長者」というあんまり自慢にもならぬ名前をもらうことになりました。  
その三カク長者が、いよいよよる年波がきて、お迎えが来る段階になって、遅ればせながら気が付いたそうです。  
…「三カク長者」なんて名前をもらってまでも積み上げたのに、この膨大な財産は、いざという時一つも持って行けない、みんな置いていかなくてはならない。いざという時に何の役にも立たない…
そのことに気が付いた三カク長者が、死の床で息子に頼みました。
「私のお葬式を私の言う通りにしてくれるか?」
「お父さんのおっしゃる通りにいたしましょう」
「私を入れた柩(ひつぎ)の両側・右左に穴をあけて私の両手を出して欲しいのだ。」
三カク長者の願いは、「これほど掻き集めても、逝く時には両手はからっぽだよ。何も持って行けないんだよ。」ということを、後の人に伝えたいという事でした。  
長者が亡くなり、息子は、父が言い残したとおり柩の両側に穴をあけて遺体のお父さんの両手を出しました。
「百万長者の葬式だ。どんな葬式の行列だろう」といいながら、村の人が全員沿道に立って、待っています。  
ソロリソロリと柩がやってきました。柩の二つの穴から両手が出ています。
人々は口々に言いました。
「あれほど掻き集めてもまだ足りなくて、もっと欲しい欲しいといって手を出している」…  そうとしか見てもらえなかった、というこ
とです。