![]() |
||
| ■トップ ■易しい仏教講座 ■法話のページ ■久昌通信 | ||
豊岳山久昌寺のホームページにようこそ! |
||
|
| 精進(しょうじん) 六波羅蜜の4番目が『精進』です。 「精進」は、現在では「一生懸命頑張る」という意味で、一般的に広く使われている言葉ですが、もともとは仏教のなかでも、最も大切な意味をもつ言葉の一つです。 現代の多くの人は、『精進』と聞いて、何を一番に思い浮かべるか?といえば、『精進料理』でしょう。広辞苑(第二版)で『精進』を調べてみると、三番めに『肉食せず、菜食すること』とあります。 喪(も)に服する目的などで、何日も何ヶ月も菜食をするというのは、なかなかできない尊いことです。しかし精進料理イコール菜食かといえば、そうとも言えないと思われます。 野菜やお米にも命があります。野菜やお米も生き物です。生きているからこそ食べられるのです。死んだ物は、腐ってしまって食べられません。だから他の命を奪わないで生きるのは不可能なのです。 一番大事な事は、我々は、肉食にしても菜食にしても、他の生物の命を奪って、それをいただかなければ、生きて行けない存在なのだと自覚する事です。 修行道場にはいったばかりの頃(四半世紀以上も前です)、ある日の午後、坐禅や作務(さむ…道場での掃除や農作業)で疲労困憊(ひろうこんぱい)し、眠くてしょうがない。このままでは倒れてしまうな、と思ったとき、ようやく薬石(やくせき・夕飯の事)の時間になりました。道場での食事ですから、麦飯にちょっとした野菜の汁ぐらいです。それでも夢中になって食べると、眠気がとれてきて、身体の中から力が沸いてきて、その後また始まる坐禅にむけて、「よーし、やるぞ」という元気が出てきたのです。 飽食(ほうしょく)の時代に育った私達は、ものを食べると眠くなる、と信じている人が多いようですが、むしろその逆で、食べると目が覚めるのです。食べたあと頑張る力を得るために、人間は食べるのだ、ということにこの時初めて気が付いたのです。精進料理の本当の意味はここの所にある、精進のための料理なのだ、と今はそういう風に感じています。 |
| ▲ページトップへ | |
| MENU | ■トップ ■易しい仏教講座 ■法話のページ ■久昌通信 |
| 臨済宗妙心寺派 豊岳山久昌寺 住職 豊岳澄明(ほうがくちょうみょう) <h3><〒706-0132 岡山県玉野市用吉415 TEL:0863-71-0566 FAX:0863-71-0589 COPYRIGHT(C)2009 Kyuusyouji All rights reserved. |
|