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久昌通信

久昌通信179号 (平成24年2月号)

    グッバイ、エルメス

久昌通信に何度か登場してもらった久昌寺出入りの3本足のノラ犬・エルメスがついに死にました。
 ついに、という思いが強いのは、推定12歳で高齢であったということと、これまで何度も弱々しい様子で現われて『もうダメだろう』と私たちが思っても、そのつど不死鳥のごとく復活していましたので、今回もきっとエルメスは再び現われるに違いないと思っていたからです。  
1月4日の昼ごろ近所の人から電話があって、エルメスの遺骸が今は使われていない荒れた家の中で発見されたとのこと。片づけをしていた時に見つけたそうです。
  実は、昨年12月半ばに、エルメスが大けがをして納屋の中で血だらけになって横たわっているとの連絡があり、妻がすぐ駆けつけましたがエルメスは姿を消していました。探しても見つからず、でも少しは動けるのだという事がわかり一縷ののぞみは持っていました。いつまでも行方不明のままならば望みを持ち続けていられたのですが・・・。 エルメスの遺骸をすぐ引き取りに行き(その家の人がバスタオルにくるんで箱に入れ、お花を供えてくれていました)その場でお線香をたて、お経をあげました。
 死んでしばらく経過しているようでしたが、顔や首や背中はきれいなままでした。エルメスはとても警戒心が強く、人間に慣れることがありませんでした。ですから生きているときは決して触ることができませんでしたが、やっと触ることができました。
  遺骸はよく昼寝していた裏の藪の日当たりのよい場所に埋めることにしました。妻が頑張って穴を掘りました。エルメスは最後の最後で久昌寺に戻って来ました。よほどお寺に縁が深かったのでしょう。
  山門の所でもよく寝ていました。それを見て、お寺に来た人が誤解して「お寺の飼い犬は足が悪いんですなあ…」と言っていたのも懐かしい思い出になってしまいました。

       

   観音普門品偈をよむ⑨

或被悪人逐(わくひーあくにんちく)  堕落金剛山(だーらくこんごうせん) 念彼観音力(ねんぴーかんのんりき) 不能損一毛(ふーのうそんいちもう)
和訳・・・あるいは悪人におわれて、足を踏み外して高い金剛山から堕ちても、心の中の観音力を念じたなら、一本の毛ほどの損害をこうむることもありません


今回も、前回に続いて『高い山』が登場します。前回は須弥山(しゅみせん)、今回は金剛山。
須弥山は仏教の世界観で世界の中央にそびえているとされる山ですが、金剛山はその世界全体をとり囲んでそびえている山です。
須弥山がとんでもなく高い山ですが金剛山もそれに劣らない高さです。そこから落ちてしまうのが前回と同じでイメージが重なりますので、今回は見方を変えて、ある事をご紹介しましょう。
私たちが住んでいるのが須弥山の麓とされています。その場所から『悪人におわれて』金剛山の上まで逃げるのですから、その逃避行の行程は大変な距離で、今でいえば何億キロでしょうか?しかしながら人間の心は本当に偉大で、金剛山も須弥山もその間の距離も、我々は思い浮かべることができるのです。
日本臨済宗の祖といわれる鎌倉時代の栄西(えいさい、またはようさい)禅師が書き残しておられます。『
大なるかな、心や。天の高きは極むべからず、しかも心は天の上に出(い)づ。地の厚きは測るべからず、しかも心は地の下に出づ』(『興禅護国論』より)