テーマ8

「歴史学私見」

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 三人の盲人が象に出会うという話がある。そのあと彼らは自分の考える象について語り合った。一人は象とは固い壁のようなものであると言い、一人は長くてグニャグニャしたものだと言うし、もう一人は丸くて太い物だと主張する。では本当のことを言っているのはこのうちの誰だろうか?しかし、これは愚問である。だって三人共が真実を述べているのだから。

 歴史とは何かと聞かれる時、私はこの逸話を思い出す。よく「歴史は科学か?」ということが問題になるが、そのとき私は、この象と盲人の話を思い出す。歴史は科学かという問いに、イエスと答えるのが高校教員というものだろうが(ここであからさまにノーと言えば文部省に叱られる!)、私もまあ一応そうなんだろうと思いながらも、もし本当に歴史が科学だと思っていたなら、私は歴史を勉強してはいなかっただろうと思う。ひとつの数学の問題から二人の先生が全く違った答を導き出すことは不可能であるが、歴史の場合はそんなことはあたり前であって、人間の数だけ歴史があると言ってもよい。人間の人間による人間のための物語、それが歴史である、とにかく私はそう思っている。

 歴史は「学ぶ」ものであるか?苦労して覚えるものであるか?否。私は考える。歴史は「読む」ものだ。英仏系の「物語」という言葉−すなわちストーリー、イストワールはどちらもラテン語のヒストリア(歴史)という語から派生している。昔の人にとっては歴史はまさに人間の「物語」だったんだなぁ、と思わせる事実である。そして、だからこそ歴史は「読む」ことができる。

 私が専門に研究したのは古代ローマの歴史である。今から2000年も前のことだ。記録なんて数えるほどしかない。はっきり言ってわからないことだらけ。それでも私は恥知らずにも教室でローマの歴史をさも得意げに話すのだ。だいたい歴史なんてそんなもので、エジプトなら5000年前、アウストラロピテクスの話なら200万年前にさかのぼらなければならない。こんなことが一体誰にわかろうか。だから私はあえて言いたい。歴史とは虚構(フィクション)であると。

 高校生に推理小説の人気は根強い。最近は赤川次郎なんかが人気あるようだが、私も高校時代はエラリー=クイーンに熱中していた。一体何の話かって?いや実は歴史って推理小説みたいなものだって言いたいのである。犯罪が起こる、探偵が登場する、手掛かりを集め推理をする、そしてやがて真相が暴かれる〜という手順だが、実はこれは歴史家の作業と同じだ。「歴史を書く」ことは全く名探偵の気分なのだ。こんな素晴らしい娯楽はそんなには無い。

 スポーツにルールがあるように歴史にも一応のルールはある。しかし、そこはスポーツとは違って、それほど厳密に考える必要もない。クレオパトラは男であったとか、ナポレオンはサルだったとか言い出さない限りあとは勝手にプレイしてよい。その代表が「歴史小説」という文学のジャンルであって、作者は歴史のひとコマに光をあて、想像力の限りを尽くして「物語」(フィクション)を構成してゆく。もちろん、あてずっぽでは情無いが、良質の歴史小説はやはり良質の推理小説と同じ興奮を呼び起してくれる。シェンキヴィッチの『クオ・ヴァデス』、辻邦夫の『背教者ユリアヌス』、司馬遼太郎の『項羽と劉邦』などは、私の読書体験の中でも素晴らしい数時間を与えてくれた作品であるが、夜の更け行くのも忘れさせる魅力は歴史イコール人間の魅力と言い替えることができるだろう。

 長々と書いてきたが、歴史とは人間そのもの。私が歴史を愛しているというのは、言い替えれば、私は人間が好きだということである。歴史を知るということは、すなわち人間を知るということであって、人間を嫌いな人間なんてめったにいないから、誰も歴史の魅力に逆らえるはずがない。ところが、高校生に歴史嫌いがたくさんいるということは、我々歴史教員(あるいは歴史教科書 これは本当に科学です)に大いに責任があるに違ない。この場を借りてゴメンナサイとあやまりたいのである。

 なお、私は、高校卒業時すでに大学での卒業論文のテーマを決めていたという、仲間うちでも珍しい熱狂的歴史、ローマ史ファンの青年であった。今考えてみても、私に岡山朝日高校時代、世界史の愉しみを教えてくださった兼崎隆男先生にこの場をかりて深く感謝するとともに、授業の内外を通じて私にいろいろなアドヴァイスをして下さった、岡山県立成羽高校・玉野光南高等学校の諸先生方、そして生徒諸君にあらためてお礼を言わせて頂きたい。

 今も、人間の声が聞こえる。