「GAIUS JULIUS CAESAR」

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「ガイウス=ユリウス=カエサル」 第5章


第5章 カエサルとローマ

 私は本稿ではここまでおもにカエサルを時代から抽出して、普遍的人間として彼の姿を描いてきたつもりである。序章でも述べたように、それは「歴史学」の論文としては邪道であったかもしれない。しかし、私の「人間カエサル」を描こうという意図は、半ば達成されたのではないかと思っている。

 それでは、なぜカエサルはあのような「カエサル」であったのか。そのことに関する研究は、彼の生きた「ローマ」という世界、「古代」という時代についての考察抜きには考えることができないのも、また然りである。この論文を締めくくるに当たって、カエサルを生んだ「時代」の問題について少しばかり触れておかねばならないであろう。

 ローマの発展は、まさに点から面への発展と言い替えることができる。東京都の十分の一の広さを持つに過ぎなかった都市国家ローマが、やがては全ヨーロッパ・アフリカ北岸・アジアの一部まで含む世界帝国にまで発展して行く。ローマを研究する者の多くが魅せられるのは、実にこの発展のダイナミクスである。そういった者たちにとって、必ず一度は疑問が生まれる。「果たしてカエサルなかりせば・・・?」という問である。地中海的な勢力であったローマの威光を、遠くゲルマニアの森まで、ドーヴァーの彼方まで伝えたのは、まさしくカエサルであった。しかし、それはカエサルでなければならなかったのか。単純に答えるならば「否」と言わざるをえない。発展の力が飽和状態に達っしていたローマは、遅かれ早かれ誰かの手によって帝国への道を歩んでいたことであろう。その意味では、あのローマに「誰か」が現れることは必然であったが、決してそれがカエサルである必要はなかった。カエサルの登場は、発展しつつあるローマという必然のステージの上に現れた偶然であった。しかし、その偶然がのちの世界を規定した「偉大なる偶然」であったことも確かである。カエサルがあったからアウグストゥスがあり、アウグストゥスがあったから五賢帝があった。あるとき生まれた、カエサルという偶然は、このように次々と新しい必然を生み、その後の社会を規定することとなった。歴史を眺めてみるならば、このような例は数多い。フランス革命の種は必然的に一人支配の芽を出したが、ナポレオン=ボナパルトは偶然の果実であった。ワイマール没落後のウルトラ反動も必然であったが、アドルフ=ヒトラーと名のる偶然が無くとも、戦争は始まったであろう。エルヴィス=プレスリーが老いた後のショウビジネス界には誰かが必要であったが、それがビートルズ(注1)である必然性はなかった。このように結果的にはある時代を規定したと思われる人々も、よく状況を観察するならば、必然のステージの上へ運よく登場した、偶然の光明でしかなかったのかもしれないことがわかる。しかし、その偉大な偶然が「時代」を創ったのである。

 カエサルはローマの小貴族であった。名門の出ではあったが、大した後盾は持ってはいなかった。いつの日かの出世を夢見て、一歩一歩こつこつと公職階層を昇りつめてくる。決して生れながらの支配者であったわけではない。その意味では、彼は体制内の一歯車であったに過ぎないとも言える。彼がいかに非凡な人間であったにしても、もし違った時代に生れていたら、違った道を歩んでいたに違いなかろう。とても「時代を創る」ことなどできなかったかもしれない。時代がカエサルを生み、カエサルが時代を創ったのである。

 以上のように考えてくると、本論文で問題としてきた、我々の目からは非凡あるいは異常とも思われるカエサルの言動の多くも、当時としては当り前のものであったのかもしれない。しかし、それでもなお、後世の人々がカエサルに対して熱烈な支持(あるいは憎悪)を送り続けているのはなぜだろうか。もしもこの必然のステージの上に上った人物が、ポンペイウスであったとしたら、あるいは不運なクラッススであったら、(歴史に「もし」は許されないにしても)我々はカエサルに対するほどの強烈な印象を持ちえたであろうか。

 私はこの論文で、一貫してカエサルを「失敗を知らない男」として描いてきた。しかし、考えてみるならば、カエサルは紀元前44年3月15日、志半ばにして暗殺者の手にかかって倒れたのである。これはやはり、彼にとって最大かつ取り返しのつかない大失敗であったことに間違いはない。しかし、私は彼の死を、悲劇的失敗としてよりも、ひとつのショウのグランド=フィナーレとしてとらえ、その華やかな幕切れにのみ注目してしまったきらいがある。しかし、今考えてみればこれは幻想であったのかもしれない。

 この時期のローマの歴史を唯物論的に眺めてみるならば、カエサルは拡大し分解発展を続ける地中海世界の中で、その流れに浮かんだひとつの浮草に過ぎないのかもしれない。カエサルがいなくとも世界は完成したし、ローマも大帝国足り得たのかもしれない。しかし、私はそういったことを一切承知した上で、あえてそのひとつの浮草を拾い上げてみることにした。理由を説明するのはむずかしい。強いて言えば、その浮草が気に入ったという理由だけである。現在、私の歴史観は、唯物史観とロマン主義のあいだを揺れ動く。すなわち、社会発展の力学と個人の能力の、果たしてどちらが真の歴史を決定し形成して行くのか、とても決めることはできない。したがって、私は本文ではそういった論議を行なわなかった。私はこれがゴールではなく、やっとスタート=ラインに立ったところだと思っている。カエサルと時代の問題は、まだまだ私の心の中で葛藤を続けるであろう。時代とカエサル・社会と個人、そのどちらが現在の社会を規定したのか。軽はずみな結論は見送ることにする。しかし、ここにひとつのエピソードがある。巨人ファンなら巨人が試合に勝てば、どうやって勝とうが言うことはない。しかし、江川が投げて原が打って勝つのなら、それに越したことはないのである。(注2)


  第5章 注

  1.  しかし、1960年代という時代の特殊性(戦後の混乱期からの復活、青年文化のサブ=カルチャーからの脱皮)が、ジョン=レノン、ポール=マッカートニーを中心とする4人の若者の才能を求めたことを過小評価してはならない。

  2.  もちろん江川投手は、1990年現在すでに引退し野球解説者となっているが、あのダーティなイメージにもかかわらず、一時期の読売ジャイアンツの象徴的存在であった、伝説的な速球投手であったことはまちがいない。


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