LOVE GAME 1

「仙道────っ」
「あ、おはよう越野。どうしたんだ?」
「どーしたんだじゃねーよっ、てめえはっ!朝練サボりやがってっ」
 怒鳴る越野とは対照的に、のんびりとした表情で仙道は窓枠に肘をつき、廊下で仁王立ちし厳しい表情で自分を睨む越野を見上げる。
「寝坊しちゃってさ、学校に着いたらもう朝練の終わる時間だったから、そのままこっちに来たんだけど」
「お前なーっ」
「ごめんごめん」
「謝れば何でも許されると思ってんのか、てめーはっ」
「別にそうゆうわけじゃあ……」
「だったら少しは真面目に反省しろ!」
「あ、越野」
「何だよ!お前、人の言ってること聞いてるのか?!」
「いや、聞いてるけど、それよりも時間。授業、始まっちゃうよ、もう」
「え?うわーっ、しまった!俺、英文法の課題、終わってねえんだっ」
仙道の言葉で腕時計に目をやった越野は、そう声を上げる。
「いーかっ、放課後は遅れるなよっ」
 最後に一言そう言い残し、越野は荷物を手に、自分の教室へと走って行く。それを見送りながら、仙道は楽しそうに笑い続ける。
 それは既に、二人の周りの人間にとって日常茶飯事となりつつある光景だった。


「越野」
「何だよ」
 部活後、部室で着替えていた越野は、仙道の声に着替えながらそう答える。
「明後日の日曜日、暇?」
「なわけねえだろ。練習があるんだから」
「でも今度の日曜日は午前中だけだから、午後から空くだろ?」
「そりゃそうだけど……何?」
「暇だったらさ、映画見に行かない?知り合いに試写会の券、もらったんだ」
「──内容は?」
「越野好みのアクション映画。行く?」
「──そう、だな。よし、行く。一度家に戻ってからで間に合うか?」
「平気平気。三時上演だったから、十分間に合うよ」
 越野の問いに、仙道はそう言いながら笑顔を浮かべる。
「そっか。──で、誘ったのお前なんだから、勿論昼飯、お前のおごりだろ?仙道」
「ちゃっかりしてるなー。OK、それで手を打ちましょう」
 越野の言葉に、仙道は笑いながらそう言って、楽しそうに頷くのだった。


 そして、それは翌日の昼休みの事。
「越野君」
「──はい?」
 唐突な呼び声に、越野はワンテンポ遅れて振り返る。そして、『あ、またかな』と、直感的に判断した。
 越野を呼び止めたのは、数人の女子グループ。
「ちょっと訊きたい事があるんだけど、いい?」
「いいけど、何?」
 彼女達の訊きたい事というのが何か、そしてそれに対する自分の答えが何か、も十分解っているのだが、取り敢えず越野はそう返す。
「あの、ね。越野君、仙道君と仲いいでしょう?」
 その言葉に、やっぱり、と越野は内心で呟いた。
「それで、越野君なら知ってるんじゃないかと思って」
「──仙道君って、好きな子とか、いるの?」
 今までに何度も訊かれてきたその質問に、越野は内心うんざりしながら、それでも答える。
「どうだろ……。俺ら、そういう事って話さないから……。それに、あいつ、あんまりそういう事、話すタイプじゃないみたいでさ。俺もよく分からないんだ」
 それは、嘘ではなかった。
 自分と彼は、あまりそういう事で話さないし、だいたい訊いても素直に答えるタイプではないのだ、仙道は。
 どっちかって言うと、笑ってごまかすタイプだよな。まあ、それは何に対しても当てはまってるみたいだけど。
 と、越野は内心で思う。
「ごめんな、役にたてなくて」
「あ、ううん、いいのっ。ごめんね、変な事、訊いてっ」
 越野の謝罪に、彼女達は慌ててそう答え、そして慌てたままその場を走り去って行く。 それも、いつものパターン。
「ったく、何で俺に訊くのかね……」
本心は、そうだった。
 確かに自分は仙道と親しいけれど、でも恐らくその情報については、自分なんかより、仙道のファンと称する彼女達の方が、だんぜん詳しい筈だ。
 言って良いものなら、言わせてもらいたい。
 自分に訊いたって時間の無駄にしかならないんだから、どうせ訊くのなら本人に直接訊いてくれ、と。ついでに言うなら、仙道の本当の姿、把握した方がいいぞ、とも。
 だいたい仙道という人間は、確かに外見はすこぶる良いし、バスケも上手い奴だけれど、時間にルーズだわ大雑把だわマイペースだわ、で、彼女達が思っている程立派な奴では、全然ないのだ。
 って言ったら、ひがみだって思われるのがオチだけど。
 と、苦笑交じりにそう考えながら、越野は教室に戻るのだった。


 そして、日曜日。
「仙道、お前さー」
「何?」
「好きな子、いるの?」
 並んで歩きながらの越野の言葉に、思わず仙道は目を丸くした。
「………唐突だな」
「そ、そうだけど……ずっと訊いてみたいと、思ってた事なんだよっ」
「……どうして?」
 そんな事を訊かれたら、思わず期待したくなるんだけど、まあ無理かな。
 仙道のその内心の呟きは、次の越野の言葉で見事に肯定された。
「ど、どうしてって……。よく訊かれるんだよ、俺、女子に。お前に好きな子がいるのかどうか知ってるか、って」
「ふーん……で、どう答えてるの?越野は」
 どう答えてるのか、仙道にはかなり気になる所だ。
「どう答えるも何も、だってそういう話とか、した事ねーじゃん、俺ら。だから、知らないって答えるしかないだろ」
「まあ、そうだよね。でも何で越野に訊くんだろう」
「俺が知るかよ、そんなの。同じクラブだからじゃねえの?」
「でも、それだと福田や植草とかもそうだけど?」
「………そうだよな。……何でだろ」
 仙道の反論に素直に納得し、考え込む越野に、仙道は思わず笑ってしまう。
 それだけ一緒にいるからだよ、越野が俺と、とは思うのだが、取り敢えずそれは心の内だけでとどめておいて。
「何だよ」
「別に何でもないよ?」
「じゃあ何で笑ってるんだよっ」
「さあ、どうしてでしょう」
「仙道っ」
「まあまあ。それより昼飯、何食べたい?フランス料理フルコース、ってんじゃなければ、大抵何でもおごれるよ」
「げー、金持ち……」
「今日は特別。臨時収入があったからね」
「臨時収入?」
「そ。一昨日、たまたま知り合いに会ってさ、小遣いもらったんだ。それよりも、ホラ、何食べる?越野の好きな所でいいからさ」
「んー……そうだなあ…………」
 そう言って、越野は考え込んでしまう。
 大抵何でもおごれるよ、って言われたからって、あんまり高い物をおごらせるのもなーと、思いながら、グルグルと思考を巡らせる。
「何でもいいんだよ?」
「分かってるって、少しぐらい待てよ」
 そう言い返し、越野は周囲に視線を巡らせた。
「あ!仙道、あそこにしようっ」
「あそこって……どこ?」
「あそこあそこ、お好み焼き屋!」
「ああ、あれ?いいけど……本当にそれでいいの?」
「いーんだよっ。ホラ、行こーぜっ」
 越野はそう言うと、仙道の腕を掴み、目的地へと足を向ける。
 その行動に思わず笑い出しそうになるのを、仙道は懸命に堪えるのだった。

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