LOVE GAME 1


 仙道にとって、『越野』は全てにおいて新鮮な存在、だった。
 昔から仙道は特別視されていて、その為に周りの人間に敬遠されがちだった。けれど、それはあまりにも幼い頃からの事だったので、既に仙道にとって当たり前の事だったし、特別気にする対象の物ではなかった。
 そんな中、越野に出会ったのだ。
 明るくて、何に対しても一生懸命で、素直で怒りっぽくて。今までに仙道の周りにはいなかったタイプの人間。
 それが越野だった。
 対等の立場で接してくれる人間。本気で自分の事を心配してくれて、そして容赦なく怒ってくれる人間。
 そんな相手を、越野に会って初めて知った。
 きっとそれは、越野にとっては当たり前の事なんだろうけれど。
 でも仙道にとって、それは本当に新鮮で、そして──嬉しいと思える事だった。
 そして、それまで自分が、周りの人間の自分に対しての態度、それに対して『諦めていた』という事を初めて知った。越野と出会って、初めて人と接する事の本当の意味を知ったんだと、思う。
 全てにおいて彼は自分をプラスの方向に導いてくれた。
 いや、今も導いてくれているし、きっとこれからもそうなのだろう。
 だから。
 少しでも側にいたいと思う。もっと近づきたいと思う。
 そして、そんな単純な思いが、いつの間にか『誰よりも一番近くにいたい』という思いに変わっていた。
 一緒にいたい。側で彼を見ていたい。誰よりも一番近くで。
 それは、本人ですら驚いた、静かな感情の移行だった。
 『友情』だけじゃ、足りない。それだけでは、足りないのだ。
 それが『愛情』だという事に気がついたのは、ごく最近の事だけれど。
 そして、それと同じ気持ちを、返してもらいたい、と。そう願う。
 どうなるか、なんて、まだ分からないけれど。でも、きっと捕まえてみせる。手に入れる。
 その為の努力なら、どれだけでもしてみせる。
 初めて、手に入れたいと、誰にも譲れないと、心の底から思った相手だから。
 必ず、捕まえる。手に入れる。
 その為なら、何だって出来る。それは、確信、だった。


「ヒロインの子、越野に似てたな」
「………何言ったお前、今」
 映画館を出て、の仙道の言葉に、越野は眉をひそめながら、そう訊いた。
「ヒロインの子が越野に似てた、って、言ったんだけど」
「どーいう意味だそれはっ」
「えー。だって明るくて一生懸命で……でも怒りっぽい所。そっくりだよ」
「──どーせ俺は怒りっぽいよっ、毎日怒鳴ってばっかだよっ。でもなーっ、別に好きで怒ってんじゃねーんだよ俺はっ。お前がきちんと練習に出て来てりゃ、半分以下に収まってる筈なんだよっ。分かってんのか、そこんとこ〜っ」
「──怒り顔が可愛い所も似てるかな」
「………てめえ、人の言ってる事、聞いてんのか……?」
「聞いてるよ、ちゃんと。越野の言ってる事だからね、特別」
「……何言ってるの?お前……?」
「日本語」
「そんなの聞いてりゃわかるんだよっ」
 越野はそう言って、それから軽く溜め息をつく。
 どうしてこいつって、こうなんだろう。と、内心で呟く。そして、それに対して、いちいち怒鳴らずにはいられない自分に対しても、溜め息をつきたくなる。
「越野?」
「何でもねえ。それより、腹減んねー?」
「そう?分かった、じゃあ、何か食べようか。勿論、俺のおごりでね」
「ったりめーだ。誘ったのはお前なんだからな」
「──機嫌、悪い?」
「べーつに」
「ヒロインに似てるっていうの、そんなに嫌だった?」
「女に似てるだなんて言われて喜べるかっ」
「でも性格は、あんまり性別関係ないと思うけどなあ」
「だーもうっ!もうそれについては言うな!ムカつくだけだから俺がっ」
 越野はそう言って、足早に歩きだす。
 仙道はそれを笑って追いかけるのだった。


「この後、どうする?越野。他にどこか行きたい所とか、あるなら付き合うけど?」
 軽い間食を済ませ、それから必要な買い物等を済ませた後、仙道はそう切り出した。
「んー、そうだなあ……。特にはないけど………。お前は、どこかないのか?」
「俺?別にないかな」
「うーん……。あ、そうだ!本屋、寄ろーぜ。俺、月バスの今月号、買いたい」
「ああ、それなら俺買ったけど?貸そうか?」
「いいのか?」
「うん。じゃあ、俺の家、寄って帰る?どうせなら、このままどこかで夕飯食べて帰ってさ、そのまま泊まっていけばいいよ」
「いいのか?」
「構わないよ。越野は特別」
「……何だ、そりゃ」
 越野はそう言って、怪訝そうな顔で仙道を見る。
「ま、いいけどさ。あ、でも待て。俺、明日数学の小テストがあるんだった。やっぱ、泊まりはやめとく。悪いな、仙道。折角言ってくれたのにさ」
 越野のその言葉に、仙道が珍しく、その表情を曇らせたのを見て、越野は慌てて言葉を繋げる。
「あ、でも、夕飯はどこかで食って帰ろうぜ。な?で、その後、お前ン家に寄るよ。いいだろ?」
「……仕方ないか。オッケー。今回はそれで我慢するよ」
 仙道はそう言って、笑顔を浮かべる。
 残念な事に変わりはないが、だがあまり越野を困らせるのも、仙道の本意ではない。
 今回は、ね。
 内心でそう、意味ありげに呟き、仙道は越野を促して歩きだす。
「さ、行こうか。美味しい店、知ってるんだ。そこで食べて帰ろう。勿論、俺のおごりでね」
「え、いいよ、別に。それでなくても今日は何かおごってもらってばっかりなんだし、俺」
「いいからいいから。俺が好きでやってるんだから、越野は気にする事ないんだよ」
「でもっ」
「いいんだよ。ね?」
 そう笑顔で言われ、越野は言葉に詰まる。
 いつも、こうだ。と、内心で呟く。
 仙道の笑顔に勝つのは、容易な事ではない。何だかんだ言って、結局その笑顔に押され、頷く羽目に陥るのだ。
「分かったよ」
 仕方なく、越野はそう言って頷いた。
 そして、その代わり、と、付け足す。
「今度遊びに出るときは、俺がおごるからな。お前が嫌だって言っても、絶対に俺がおごるからな、いいな」 
 越野のその有無を言わせないその口調に、仙道は笑いながら頷くのだった。

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