Honey Drops

「反町ー?」
「へ?あ、わりィ、ごめん何?」
「──どうしたんだよ。いつにも増してボケーッとして。って、おい、何か顔色悪いぞ反町っ」
「そうかなぁ?」
「そうだよっ!ちょっとジッとしてろよ」
「って、松山?……あ、冷たくて気持ちいい、松山の手」
「悠長に言ってるバアイかっお前っ?!熱あるじゃねーかよっ」
「へ?」
「へ、じゃねえよバカッ」
「えー?だってさあ、そんな事言ったってさ?松山の手って、いっつも冷たいじゃん。それのせーじゃないの?」
「そりゃ俺の手は年がら年中冷たいけど、それだけじゃねえってのっ」
 反町の言葉に松山はそう怒鳴り、キョロキョロと周囲を見渡す。
「松山?」
「少し待ってろ」
「待てって……でも、早く行かないと練習始まる……」
「いーから少し黙って待ってろ!」
「何怒鳴ってるんだ松山……。目立つぞ」
「いートコロに来た日向に若島津っ」
「何なんだよ、お前は……」
「どうしたんだ?」
「反町、熱あるんだよ」
「何ィ?」
「それをコイツは、俺の手が冷たいだけだって言うからっ」
「そりゃ確かに事実だな」
「るせえっ。だから、そうじゃない奴が看れば納得するんだろっ」
「成程」
 松山の主張に、短くそう答え。若島津は反町の額に手を伸ばす。
「……日向さん、松山」
「何だ」
「即刻、保健室送り決定です……」
「ホーラ見ろっ。だからそう言ってんだよ俺はっ」
 勝ち誇った様にそう言う松山に、反町はでもでも、と小さく反論する。
「別に俺は平気っ」
「馬鹿者」
「日向さんっ」
「いーから大人しく保健室行きしてこい」
 反町に向かってそう言い渡し、日向は残りの二人を振り返る。
「監督には言っておくから、さっさと反町保健室にブチ込んでこい、二人で」
「当然っ。行くぞ反町っ」
「だって松山っ」
「喚いてもダメだよ、反町。行こう」
「若島津っ」
「ホラ、荷物貸して」
 両側から二人に挟まれる形で促されて、仕方なく反町は頷いた。と、唐突に目眩なんかに襲われる。
「……れ?」
「あれ、じゃねえってのっ!お前、自覚症状遅すぎるぞ反町っ」
「だっ、だってっ」
「もしかして、自覚なかったら全然何ともなかったのか?」
「たとえそうだったにしてもっ!そうだからって、放っておいたら酷くなってただけなんだから、これでいいんだよっ」
 若島津の苦笑しながらの言葉に、松山は断固とした口調でそう告げる。
「あーもうっ。ホラ見ろ!足元おぼついてないじゃんかっ」
「松山、コレ持ってろ」
「って、三人分?!」
「いいから、ホラ」
 若島津はそう言って、自分と反町の荷物を松山に押し付ける様に渡し、そして。
「わっ若島津〜っ?!」
「黙って大人しくしてろ、病人は」
「だっ、だってっ」
「いいから。暴れられると歩きにくいんだよ」
 軽々と反町を抱き上げたまま、そう言い放ち。若島津は廊下を歩く。
 その光景に周囲の人間は驚いた様に彼らを見ている。
「目っ立つなあ……」
「そうか?」
 後ろからの松山の声に、若島津は短くそう返す。
「そうだよ。まあ、今の目的は、さっさとその病人、保健室に放り込む事だから、構わねーけどさ」
「……放り込むって、俺、荷物じゃないんだけど……」
「問答無用っ」
「う〜っ」
 松山の容赦ない言葉にそう唸った反町を、苦笑を浮かべて見ながら若島津は更に歩を進めた。
「それにしても、この熱でよく今日一日授業を受けてたな。昼は何ともなかっただろう?」
「うん……」
「とにかく。部活が終わったら迎えに行くから。それまで、大人しく休んでろよ?」
「……うん」
 若島津の言葉に、反町は仕方なくそう頷いた。
「先生ーっ。病人約一名お願いしまーっすッ」
「おやおや、賑やかだね。で?病人は……反町君か。そっちのベッドに投げ込んでやって」
「……先生まで荷物扱いだし…」
「文句を言ってる間に……体温計、かな?」
「御名答。さーっすがだね先生」
「ははは、一応これが仕事だからね」
「ホラ、松山」
「うん、ありがとう」
 手渡された体温計を受け取り、ベッドに横になりながら反町はそう答える。
「んじゃ俺、先に行ってるから。後、頼むな?若島津」
「ああ。状態聞いたら俺も行くから、監督にはそう言っておいてくれ」
「オッケー。じゃな、反町。ちゃんと寝てろよ?」
「分かったってば……」
 念を押す様な松山の言葉に反町はそう答え、松山を見送った。それから、小さな溜め息を一つ、零す。
「大丈夫か?」
 その溜め息に気付いたのか、若島津がそう訊いてくるのに、小さく、
「平気」
 と答え、反町は目を閉じた。
 横になった途端、急激にけだるさに襲われる。
「──反町?体温計、鳴ったぞ?おい?」
「眠ってる様だね。体温計、取ってくれるかい?」
「え?ああ、はい」
 保健医の言葉にそう答え、若島津はベッド脇へと歩く。
「反町?」
 念の為にもう一度そう声を掛けてみるが応えはない。よくよく見ると、苦しそうに僅かに眉を寄せながら、寝入っている。
 そっと手を伸ばし、彼を起こさないよう注意しながら、体温計を取る。
 一瞬手に触れた肌は、確かに今までにふざけて触れた時よりも、体温が高い様だった。
「何度あった?」
「えーっと……8度5分、です……ね」
「──よく今まで無事だったな……。反町君は寮生だったっけ?」
「ええ」
「ふむ。じゃあ、取り敢えず今から担当病院の先生を呼んで診てもらって、薬とか必要な処置を訊いておくかな。部活が終わるのは?」
「8時前には終わると思いますけど」
「分かった。それまでここを開けて看ているから、終わったら迎えに来てくれるかい?寮の方には連絡をして、一部屋用意してもらっておくから」
「出来るんですか?そんな事」
「大丈夫だよ。こういう時の為に、何部屋かは空けてある筈だから。じゃあ、そういう事にするから、頼むよ?多分、2・3日安静にって話になるとは思うけどね」
「分かりました。じゃあ、宜しくお願いします」
 若島津はそう頷いて、保健室を出るとグラウンドへと向かう。
 まずは監督に事の次第を告げ、それから同じ事を今度は日向と松山に伝える。
「はっ、8度5分〜っ?!」
「よく今まで無事だったな、あいつ……。何やってたんだ、ったく。普通そうなる前に自分で気付かねえか?」
「そうだよなあ……。早く治りゃいーけど……。じゃあ、とにかく部活終わったら、迎えに行くんだな?」
「ああ、そのつもりだけど。あ、でも松山。悪いけど頼みがある」
「何?」
「迎えには俺と日向さんで行くから、アレ買って来てくれないか」
「アレ?」
「そう。反町の気に入ってたあのヨーグルト、何だったかな、銘柄ド忘れしたんだけど。多分あの熱だと物食べたくなくなるだろうから、ああいう系統の物の方が良いだろう?」
「ああ、ナルホド。そうだな。分かった、買って戻る」
「あと適当に、あいつの好きそうなモノ揃えてこいよ?」
「言われなくてもそのくらい分かってるってのっ。……でもさ?仲直りしたのか?若島津」
「は?」
「いや、だってさ。ここ最近、あんまり反町と話とかしてなかっただろ、お前。だからさ、ケンカでもしたのかと思ってたからさ。いや、違うならいいんだけど、何となくそんな気がしてたからさ」
「……別にしてないけど、そんな事は」
「そうか?いや、そうならいいんだ。ただ反町、最近元気ないしさ、気になってただけなんだ」
 そう言った後、他の部員の呼び声に、松山はその場を離れた。
「………ホラ見ろ、馬鹿」
「何ですか、それ。突然」
「解ってるくせに、ばっくれるなよ、お前は」
 日向のその言葉に、若島津は苦笑した。
「さっさと何とかしろよ。じゃないと、歪み来てるじゃねえか。それもお前だけにじゃなくて、反町にまで。解ってんだろ?原因はお前だ、って」
「断言しますか、普通」
「熱までお前の所為だとは言わねえけどな、いくらなんでも。でも、あいつの元気のなさはお前だろ、原因。気づいてるんだよ、お前の態度の妙さ加減に、きっと。ただ、言わねえだけで」
 そう言って、日向は若島津を見る。
「いや、言えねえ、の間違いかもな」
「日向さんっ」
「いい加減にしろよ。言っとくけどな、これ以上今の状態続けても、どうにもなんねーぜ?悪化すれこそ改善はねえよ。きっちり決断下せよ、いいな。誰の為でもなく、反町の為に、な」
「………解ってます、それは」
 日向の言葉に、若島津は短くそう答え。もう一度小さく、解ってるんですよ、それは、と呟く。
 そして、監督の声に彼らは部活の輪へと合流する。
 けれど。部活の間、日向の言葉が若島津の頭の中から離れる事は、なかった。