「……………終わりか?」 「……の、ようですね」 端的な小次郎の言葉に、健も一言そう返す。 踏み込んで一時間もしない内に片のついた状況に、二人はいささか拍子抜けした風に周囲を見渡した。 床に倒れ付している男達を次々にロープで縛り上げ終えた二人は、室内のチェックに入る。 今回の依頼は、窃盗グループを捕まえて自治警察に突き出す事と、盗まれた様々な品物を直接箕沼家に引き渡す事だ。 先に箕沼に連絡を入れ、そこから自治警察への連絡を回させる。警察が来ても、窃盗グループの人間だけを連れて行かせて、品物には一切手を触れさせない為の根回しを箕沼が行うというのだ。 「警察に見られちゃマズい物が、わんさかと混じってるって事か」 「でしょうねえ」 言いながら二人は一番奥の部屋に辿りつく。直前までリーダーが其処にいたらしい事を考えると、価値のある物が大量に転がっているだろうと踏んだからだ。 しかし。 最初に部屋に入った健は、その場で言葉を失った。 「……どうした?」 入り口で立ち竦んだ健に、後方から小次郎がそう尋ねる。 「おい?」 返事のない健に、怪訝そうにそう言いながら部屋を覗き込んだ小次郎も、次の瞬間言葉を失くす。暫く無言で立ち尽くしていた二人だが、いち早く漸く我に返った健が、足早に室内に踏み込んだ。 薄暗い室内に浮かび上がる、白。 細い手首を拘束した手錠と、左足に嵌められた足枷。すんなりと伸びたその肢体に残るのは、無残な陵辱の跡。 健は無言で己の羽織っていたコートを掛け着せる。 「………誰だ?」 硬い声での問いかけに、健は少年の顔を覗き込む。 そして、瞬時にその少年の誰何を判断した。 「………箕沼家の次男ですね」 「……………何だって?」 「間違いありません。箕沼家の次男、それから遺産相続人」 「………次男だろう?」 「ええ。詳しい説明は後で」 「確かにな。今は、病院が先か」 「ええ。岬の所へ運びます」 「そうしろ。俺は自治警察が此処に来るのを待って、それから、そうだな、若林の野郎に荷を運ぶ協力を要請して、箕沼の屋敷に送りつける段取りをしておく。お前は、その子を岬に預けてすぐに戻って来られるか?」 「そのつもりです。あと申し訳ないですけど、光を借りますよ」 「その方が良いだろうな。光には俺から連絡して、岬の所へ行かせておく」 「頼みます」 小次郎の言葉に頷いて、健はその場を後にした。 「…………ひでえ」 光の低い唸り後に、岬も頷く。 「僕と光で後は看るから。盗難品のチェックとか終わったら箕沼と談合なんだろう? その時まで、ひとまず此処で身柄は預かっておくよ。身体的ケアはもとより、精神的ケアが必要だろう?」 「ああ、頼む」 「………名前は分かるのか?」 「一樹だ」 「りょーかい。じゃあ、一樹の事はちゃんと看てるから」 「ああ」 光の言葉にそう答え、健は再び窃盗団のアジトに逆戻る。 小次郎と、彼が協力を要請していた若林と合流し、念入りに盗品のチェックに入る。箕沼から渡されていたリストと同時に、以前に盗みに入られた家の盗品リストとも照らし合わせ、写真に収める。それから若林が用意していた大型トラックに、若林の手配した人員の手も借りて全てを積み込み、これまた若林が所有している大型の倉庫にそれらをいったん保管して、漸く二人が光達の待つ岬のクリニックに到着したのは、すっかり夜も更け日付が変わった後だった。 「お疲れ様」 深夜に押しかけた二人を出迎えたのは、岬だった。 「光は?」 「一樹クンに付き添ってる」 「どんな具合だ?」 「一度意識は戻ったんだけど、またすぐに眠ってしまったよ。薬の作用もあるんだろうけど。怪我の方は、右足首の骨折と、肋骨にヒビが入ってる箇所がある。多分殴られたりしたんだろうね。でもまあ暫くの間大人しくしていれば、ちゃんと完治するだろうし、他にはそこまで深刻な物は見当たらないから、後は精神的な部分だけだと思うよ、問題は」 「そうか」 「談合には明日以降?」 「明日の昼過ぎのアポが入った。朝から若林の所でブツの最終チェックをして、それから乗り込む」 「そう。彼は、どうする?」 「あまり動かない方が良いんだろう?」 「まあね。でも、箕沼御用達の病院もあるだろうから、そっちに入院させたがるんじゃないかな」 「……とりあえず明日は此処で休ませてやってくれ。向こうに会って、指示を待つ」 「そうですね、俺もその方が良いと思います」 「解った。明日、出発前に一度会って行く? 事が事だけにあまりここ数日の話を聞くのは賛成できないけど、でも家族に報告に行くって事ぐらいは伝えておいてあげる方が良いんじゃないかな」 「ああ。可能な範囲で良いから、面会してから行きたいな」 「じゃあそのつもりで段取りを組んでおくよ。今日は二人とも此処に泊まって行くだろう? 隣の部屋に光が用意してくれた夜食もあるし、それ平らげて今日はもう休みなよ。重労働、って顔してる」 岬のその進言に従い、二人は夜食を平らげ湯に浸かると、用意された客室へと入る。即行でベッドに潜り込む小次郎を傍目に、健は隣の部屋、光と彼に付き添われて眠る一樹の居る部屋に目をやる。 「………気になるなら行って来い」 短いその声に、健は驚いて小次郎に目を戻す。 「さっきの子、一樹って言ったか? 様子が気になるんだろう? 眠ってる邪魔にならない程度に様子伺うくらいなら、岬も光も文句は言わないだろう」 「……………そう、ですね」 小次郎の言葉に短くそう答え、健はそっと隣の部屋へと向かう。小さくノックすると、内側から扉が開かれる。 「健?」 驚いた様に声を零した光に小さく苦笑しながら、室内を覗き込む。 「どんな様子だ?」 「………時々うなされてる。泣いたり、とか。……見てて、胸鷲掴みにされた気分になるよ」 眉を寄せてそう告げる光の横をすり抜け、室内に入った。 サイドボードの上の仄かな光で浮かび上がる、涙の痕の残る、白い横顔。 そっと、その頬に手を触れた。乾ききらない涙が、指先を濡らす。 何が。 不意にそう思う。 一体何が、これほどまでに彼へと気持ちを向けるのだろう。何故、気になるのだろう。 答えの出ないまま、暫くその傍らで寝顔を見つめる。 「………健?」 そんな健の様子を黙ったまま眺めていた光は、けれど一向に動く気配のない彼の名を小さく呼ぶ。 「明日も早いんだろう?」 「ああ」 光の呼びかけに我に返り、健は漸く立ち上がる。けれどその視線が一樹から反れる様子は見られない。 「……健?」 再度の呼びかけに、漸く彼はベッド脇を離れる。 「行く前に、一度来るから」 「うん、それは岬から聞いてる。話がまとまる迄は、ちゃんと看てるから」 「ああ、頼むよ。……悪かったな、休んでる所を邪魔して」 健の言葉に光は黙って頭を振った。 「お休み」 「うん、お休み」 短く言って部屋を出て行く健にそう返しながら。光は小首を傾げる。 珍しい事もあるものだ、と思いながら。 小次郎の元で暮らすようになって一年。早い時期に彼と知り合って、だから健との付き合いもほぼ同じ期間に達するけれど。こんな風に彼が誰かに対して、そう、言い方は悪いが、興味を持っている様を見たのは、多分初めてだ。 それがどんな影響を及ぼすのか見当もつかないけれど。 深い傷を負った彼−一樹を助ける支えになってくれれば良い、そう思った。 |