0.回想
ポツン、と。いつも一人でいるような子だった。
だからといって、決して疎外されているわけでもなく。妙な事ではあるけれど、その姿はいつでも自然に周囲に溶け込んでいる、そうゆう子だった。
いつだったか、彼は奈穂に言ったことがある。
どうしてその時彼と話すなんてことになっていたのか、それは今ではもう覚えてはいないけれど。
彼は奈穂に向かって−いや、それはもっと別に誰かに向かって言われた言葉だったのかもしれないけれど。何故なら、その時彼は奈穂の方を見てはいたけれど、奈穂を見てはいなかったように、思えたから。
とにかくその時、彼はこう言ったのだ。
『僕は、人形だから……』 と。
1.再会
その日、彼女は懐かしい級友達に会う為に、道行く人達の流れよりも幾分急ぎ足で、その通りを歩いていた。
本当は十分に間に合う時間に家を出てバスに乗ったというのに、こういう日に限って道が混んでいて。聞いた所によると、事故渋滞だったらしいのだが、とにかくそのせいでバスの到着時間は大幅に遅れてしまっていた。
ので、実は遅刻寸前だったりする。
全くついてない!
胸中でそう呟きながらも、すぐそこまで迫ってきている、懐かしい面々との再会を思い、奈穂の心は弾んでいた。
小学校6年生の時のクラスの人間が集まっての同窓会。今が大学1年生の夏だから、実に6年振の再会。みんながどんな風に変わっているのか、楽しみであり同時に不安でも、あった。
クルクルと頭の中に、クラスメートの顔が浮かんでくる。泣き虫だった子、いたずらっこだった子。どんな風に変わっているのだろう。そして、私はどんな風に変わっているんだろう。
そんな事を考えながら、奈穂は集合場所へと急いだ。
「あーっ、来た来たっ!」
「奈穂ーっ、久しぶりねえっ」
ようやく辿り着いたその場所から、賑やかな声が聞こえる。その声に、思わず顔が綻んだ。
「久しぶりーっ」
言いながらチラリと腕時計に目をやると、ギリギリセーフ。1分前、だった。
「どうしたの、随分遅かったじゃない」
「うん、ごめんね。事故で渋滞してて、バスが遅れちゃって。正直、間に合わないんじゃないかって、焦っちゃった」
「よーっし、広潟が来たから、これで全員だな」
本日の幹事役、当時奈穂のクラスの委員長をしていた本田がそう言って周囲を見渡す。それにつられて、奈穂も周囲を見渡した。
揃いも揃ったり、30人。クラスのほぼ全員が揃ったらしい。
優秀な集まり具合よねえ。まあその為に夏休み中にやることにしたんだろうけど。
そう考えながら、何げなく視線を動かした次の瞬間。
かち合った視線に、奈穂は思わず息を飲んだ。
彼だ。
随分昔と変わっているように見えたが、それでも間違いない。
と、不意に彼の顔に、ゆっくりと笑みが浮かぶ。鮮やかで、そして穏やかな、笑み。
ああ、そうか。良かったね。
奈穂はそう思った。そして、彼女も笑い返す。
良かった。
もう一度、胸中で呟き直す。
ずっと、気になっていた。どうしているだろうか、と。卒業して、違う中学校へと進学したっきり、音沙汰のなかった彼。
どうしているだろう、ふと思い出してはそう考えた。
私と同じ、彼が。
でも、今の笑みで分かった。大丈夫だ、と。彼も救われている、と。
良かったね、貴方も救われている、ちゃんと。
人形なんかじゃ、なくなってる。
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