Stage.1 『訪れない目覚め』
Act.1
暖かい春の日差し。心地良い風が吹く中、一人の青年が歩いていた。
すらりとした長身に、少し長めの髪が少々目立つ彼は、木陰の向こうを覗き込むと、突然大声を上げた。
「京!いつまで寝てんだ、お前はっ。五時間目始まっちまうぞ!」
その声に、中庭でくつろいでいた生徒達が一斉に振り向く。だが、その視線など一向に気にせず、彼、大崎祥は自分の目的を果たす為に、更に声を上げていた。
「まーた怒鳴ってるぜ、大崎の奴」
「ははは。寝起き悪いらしいからな、あいつ……」
そんな声が聞こえたが、それを無視して祥は再び怒鳴る。
「いいかげんに起きろよっ、京!」
「ふぁ……?ああ、祥……どうしたんだ」
「………どうしたじゃねえだろうがっ。お前を起こしに来たんだよ!」
「ああ、そうか。サンキュ。いつも悪いな」
そう言って立ち上がると、彼は服についていた草を払い落とす。
鷹山京。彼は背はさして祥と変わらないのだが、少し細目の身体の持ち主だった。母親がハーフな為、その瞳は少し青みがかっている。
「悪いと思ってるんなら、いいかげんに中庭で寝るのやめろよな……」
「ははは悪い。でもついついやっちゃうんだよな。………な、次の時間って何だったっけ?」
「英文法」
「だっけ?まぁた、中屋先生の授業かぁ。俺、あの先生苦手…… 」
ブツブツ言いながら歩く京と、その隣でクスクスと笑いながら歩く祥に、自然と周りの視線が集まる。高校に入学して一カ月弱。だが、その短期間に、どうやら二人は周囲の注目の的になるに至ったらしい。
成績優秀、品行方正、容姿端麗。その上運動神経まで抜群ときたら、それは当たり前の事なのだろうが………。
勿論、当人達はそんな視線など全く気にしてはいない。
「?!」
と、不意に感じたその邪悪な気に、祥は緊張した目つきで振り返った。
……まさか?!
一瞬、本当に一瞬だったが感じた邪悪な気。
左手に力を込めて、ゆっくりと辺りを見渡すが、それらしいものは何も見つからない。
気のせいか……?
そう思った時、急に立ち止まった祥に、京が不思議そうに声をかけた。
「祥……?どうしたんだ?」
「え……?あ、いや、何でもない。気にするな」
「ったってさあ。……最近どうしたんだ、お前。何かあったのか?」
「ん〜?実は、女に振られた」
妙に真面目な顔をして祥が言うので、京は目を見張りながら声を上げた。
「お前がぁ?」
「ばーか。冗談に決まってるだろ。それより、急ぐぞ。本鈴鳴っちまう」
祥はそう答えて走りだす。
左手の熱さに、祥は眉をしかめた。
動き出した……?奴らが………?
前世の記憶が激しく渦巻く。
まだ、だ。まだ早い。早すぎる!京が………リアマスがまだ、覚醒していない!!
覚醒。前世の記憶と共に、その秘められた力を取り戻す。
祥はそれを中学入学時に成した。きっかけは『京』。
前世の記憶。それは遥か遠い昔、地球から遠く離れた星での出来事。
彼は魔術師だった。『水の魔術師』という、魔術師長に次ぐ四人の高等魔術師の内の一つの称号を与えられた、若者。
悪夢のような戦い──後に聖戦と呼ばれるようになった戦いの時、彼らはその代の皇帝を失った。
そしてその時に。彼は使命を与えられたのだ。竜騎士軍において最高の称号である『光の竜騎士』の名を与えられた親友、リアマスと共に。
それから幾度もの転生を彼らは繰り返した。時には兄弟として、またある時は親友として……。様々な星で、様々な形で生命を受けた。
だがそれらのいずれのとき時代も、その使命が果たされる時ではなかった。
そして現世。彼らの受けた使命が果たされなければならない時代が来たのだ。
この惑星、地球で。
前世の記憶を取り戻すには、ある『刺激』が必要だった。それは、使命を受けた二人が何らかの形で再び『出逢う』事。
そして現世で。水の魔術師セルーナであった祥は『京』と出逢ったことによって、覚醒を果たした。
京が『リアマス』だったのだ。
だが。何故か、京の覚醒が成されなかった。
覚醒を成した祥には、京が『リアマス』だとはっきりと感じ取る事が出来た。確かに京が『リアマス』なのに、その覚醒が行われない。
何かが。彼らの預かり知らぬ何かが、京の覚醒を阻んでいるのだと。そうとだけは知れた。
一体何が……。
京がリアマスとしての記憶を取り戻さない限り。
祥一人ではにはどうする事も出来ない。
何も果たす事は、出来ないのだ………。
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