シーン1. 小笠原充

『お元気でしたか?リスナーの皆さんっ。今日も今日とて大いに元気なDJ、山北弘です。今日も一時間どうぞよろしくっ。ではさっそく今日の一曲目、行きましょうかね。ラジオネームななしのゴンベさんからのリクエスト…………』
 と、彼はいつものごとく快調な喋りでマイクの前に座っていた。
 曲が流れ出すと同時に、彼は机の上にあった缶ジュースに手を伸ばす。
「これ、飲んでもいいんだよね?」
「ああ、いいよ。それより、どうした?何か疲れてないか?」
「あ、バレました?ちょっと、引っ越しで疲れてます」
「そういやあ、言ってたな。今日だったのか」
 ディレクターの声に答えながら缶を開けると口をつける。それから机の上にあるハガキに再度目を通す。
「おっと、そろそろ曲終わるかな」
 そう言って、マイクの前に座り直した。
『────って事で、一曲目お送りしました。ここでハガキ、行きましょうか。え?ハガキだよね?なんだ、やっぱりいいんじゃん、もう。びっくりさせないでよっ。って事で、ハガキッ。えーっと………なになに、ラジオネーム、山北さん大好き、さん?ひゃーっ、凄いラジオネーム……。ありがとう。で、なになに?前々から思ってたんですが、山北弘って本名なんですか?ときたか。……それは、ですね。…………ふっふっふっ、秘密だっ。………今ラジオの前で何人こけたかな(笑)。だって秘密は多いほうが楽しくない?──え、何?また苦情のハガキが来るって?何で?あ、俺の秘密主義ね。それこそ俺の自由よ自由。もー、アシスタントの片野さんっ。あんまり横で突っ込み入れないでよっ。時間がなくなる………え?何、次の曲?はいはい。じゃあ二曲目は、この山北さん大好きサンからのリクエストで…… 』
 曲紹介に被さる様にしてリクエスト曲が流れ出すと、アシスタントの片野が彼に向き直って口を開く。
「もー、本当に。充君、その秘密主義やめようよー。本当にハガキ来るんだよ?」
「だったらこの手のハガキ、読まさないでよ。そうすりゃ俺だって秘密だ云々言わなくてすむんですけど。それからね、片野さん。今、放送中なんだから。俺は山北弘です」
 そう言って、山北弘こと、小笠原充は、マイクに向かい直し、そして。
『さーて、次のハガキいってみようかっ。えーっと?』
 と。快調な喋りを続けるのだった。

 彼、小笠原充が初めてDJを経験したのは今から約一年前。高一の初夏、だった。
 その年の五月。四つ年上の先輩に、ちょっとしたアルバイトで雇われて。初めはいわゆる雑用をこなしていたのだが。たまたま。ほんっとうにたまたま、ラジオで話してしまって。
 それから半年程、アシスタントとして出る羽目になって。
 何故かそれが好評だったらしく、半年前。一本の番組を任されてしまったのだ。
 そして、それがまた好評だったらしく。
 お陰で、今こういう状況に、あるのだった。

『──って事で、そろそろお別れの時間ですね。今日も一時間お付き合いありがとうっ。ラストは俺の独断と偏見。ロビー・ビーグスの《Full Moon》。ではまた来週。お相手は山北弘でした』
 そう言って、充はホッと息をついた。
「はい、ご苦労さん。生きてるか、充?」
「平気ですよ、先パイ。お疲れ様でした」
 ディレクターにそう言いながら、充は上着を手に取る。
「次は水曜でいいんですよね?」
「ああ、ハガキ忘れずに取りに来いよ」
「分かりました。じゃあ俺、明日学校なんで失礼します」
「おー、転入初日から遅刻するなよ」
「大丈夫っすよ、先パイじゃないんっすから」
「くおーら、充っ」
「ウソですウソウソっ。じゃ、失礼しますっ」
 そう言い残して、充はラジオ局を出た。

「転入生を紹介する。小笠原充君だ。仲良くするように。小笠原、自己紹介してくれ」
「小笠原充です。どうぞよろしく」
 充はそう言って頭を下げた。
「席は、この列の一番後ろが空いてるからそこに座ってくれ」
「はい」
 担任の言葉に充はそう答えて、席に向かう。
「ねえ、格好良いね、彼」
「ほんとっ」
「背、高いな、あいつ」
 等と、ボソボソと言い合う声が聞こえるが、さしてそれらを気にすることもなく、充は席に着いた。
「授業始めるぞ。教科書開け」
 担任はそう言って、授業を始める。
 充はノートと筆箱を取り出すと、とにかく担任の声と黒板に集中してみた。
 が。
 ……あ、駄目だ。ぜんっぜん分かんね………。こっちのガッコの方が進み具合早い……。
 そう思って半ば机につっぷしかけていた時、隣の席の人間が声をかけて来た。
「おい、小笠原」
「え?何?」
「教科書、まだないんだろ?見るか?」
「あ、サンキュ。助かるよ」
「大変だな、こんな中途半端な時期に転入なんて」
「んー、まあね」
 充はそう言いながら、差し出された教科書をのぞき込んだ。
「………で、一体今どこやってるんだ?」
「あ、この問題。分かるか?」
「……分からん………」
「前の学校ではここまでいってない?」
「ぜんっぜん、いってねえ」
「…………教えといてやるな。ウチの学校、二週間に一度、火曜日の放課後に小テストやるんだ。で、次は数学なんだけど」
「もしかして、それ明日、とか言う?」
「残念ながら、実はそう」
「うげ っっ」
 充はそう呻きながら、思わず机につっ伏した。
「最悪……。ついてねえ………」
「同情、するよ」
「どうも…………」
 そう言った後。ふと思いついた様に、充は隣の席の相手に向き直った。
「何?」
「俺、すっげえ失礼な事、してた。まだ名前、聞いてねえや………」
「あ、俺の名前?」
「そう」
 と、充が頷いたその時。
 スコーン、と二人の頭上をチョークが横切った。
「高崎、小笠原っ。親睦を深めるのは結構だが、それは休み時間にしろっ。授業は集中して受けろっ」
「はーい」
「すみません………」
 二人はそう答えると、大人しく教科書を見る。
 暫くして、高崎と呼ばれた彼が、トントンと充の肘をつついて、ノートを差し出して来た。
 不思議に思いつつも、ノートを見てみると、そこには割りと綺麗な字で、大きく、『高崎洋平。バスケ部所属。よろしくっ!』と書かれてあった。
 充は一瞬目を丸くし。それから必死で笑いを堪えながら、その字の下にシャーペンを滑らせ、『こっちこそ、よろしくな』と書くと、洋平の方へノートを押し返したのだった。




■候補其の三。またしてもタイトル未定(笑)
  これは純粋(?)に己の勢いで書き始めた話。そして未完。
■一番書きたかったシーンが上記にはまだ出てきていません(笑)
  その書きたかった部分にたどり着く前に止まっています……。
  書きたいシーンと言うか、書きたい台詞がたった1個あって。
  それを書く為に設定を作っていった、そんなお話。
■ちょっと姑息に、『FirstCrossroad』と世界がかぶってたりする、
  そんな裏設定もあったりするお話です。
■しかしラジオ業界の事が良く解らないので、かなりいい加減です。
  ちゃんと調べないとなー……。

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